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2008年02月04日

●橋下徹・大阪府知事(確定) 就任前から公約撤回

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 大阪府知事に当選した橋下知事(確約)が、2月6日の就任を前にして、「府債発行は認めない」という公約を撤回した。さすが、知事立候補など20000%ない、つまり完全にない=100%の200倍!!!も“ありえない”といってた人間が、その舌の根も乾かぬうちに、立候補を表明した人物だけのことはある。
 府の借金は増やさない、大阪を明るくするなどと言う甘い言葉で府民をだまし、当選した橋下は、就任する前に、公約である「府債発行しない」ということを反古にしてしまったのだから、ご都合主義にもほどがある。さすが、タイタン所属の面白くない芸人だけのことはある。まあ、責任は、当の橋下にあるのではなく、当選させてしまった大阪府の有権者にあるのだが、それにしても、自らの知名度を利用して、府民を欺いた橋下の人格を疑ってならない。
 この就任前の公約撤回について、当の本人は、「ボクの知識不足だった」と芸猿のような“反省”の弁を述べているが、橋下くんの勉強不足で公約が簡単に踏みにじられて良いものだろうか。そんな簡単に公約撤回できるのであれば、言ったもの勝ち、有名人勝ちである。対立候補の熊谷氏は、公約に府民の所得を年50万円アップをうたったが、もし(歴史に“もし”などないが(笑)熊谷氏が当選し、就任前に「府民の所得を年50万円アップというのは、自分の勉強不足だ」と言ったら、どうなるだろう。非難囂々の騒ぎとなるだろう。こういうことを平気でできる橋下は、やはり厚顔無恥と言わざる得ない。
 まあ、橋下自身、若いので過ちも犯すと開き直っているようであるが、こうした開き直りは大阪府民883万人を裏切る行為ではないのだろうか。
 いずれにせよ、当選させてしまったのは、府民の責任であるが、こうした軽薄で非人道的な橋下府政など、とっとと退陣させてしまった方が良いだろう。いや、何もせずに退陣する前に、芸能活動で年間3億円ほど稼ぎ、しかも知事になっても、芸能活動はやめないそうであるから、府民の笑顔のために、府に何十億か寄付してから、退陣すればどうだろう。きっと、男が上がること間違いなし。

▼橋下徹・大阪府知事(確定) 就任前から公約撤回
▼橋下徹は、国家権力の犬か
▼橋下徹・大阪府知事には、なにもしないことを望む
▼橋下徹氏は弁護士にふさわしいか

2008年01月30日

●橋下徹・大阪府知事には、なにもしないことを望む

 この日の夜は、本当に鬱々として眠りにくかった。なんといっても、僕が愛してやまない大阪の知事に、かの橋下徹氏が2位に大差をつけて当選したからである。
 ネットで検索するまでもなく、橋下徹はテレビでおよそ弁護士とは思えないほど、軽薄で無責任、無内容に過激で、下品な言葉をさんざん吐いてきた男である。その無責任さ、軽薄さは、立候補をめぐって、出馬するといってみたり、出馬は2万パーセントないと言ったその数十時間後には出馬を表明するという1点をみても、いかに信用のできない人物かが容易に想像できる。
 当然のことながら、大阪府知事とは、大阪府民の生活を自らのリーダーシップによって守っていく人間である。政治は、結果が重要であり2年後あるいは3年後に「結果をだしてくれる」という期待ができるからこそ、当選もできる。しかし、橋下徹の言動に信頼ができないかぎり、その政策(といっても、府知事としての政策らしきものは皆無に近いが)には全く期待できない。そればかりか、核武装の支持者であり、子どもを産むための道具としてしか思っていない女性観、彼の思想性を表す下品な言動からすると、“期待”というより、橋下知事誕生は“悪夢”でしかない。

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2007年11月17日

●危機管理能力のない経営者~~船場吉兆

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 今、新聞やニュースでは、船場吉兆の話題が毎日取りざたされている。その前は、伊勢の赤福だった。もっと前は、ミートホープの偽装……。
 こうした報道を見るたびに、経営側はなぜもっと潔く責任を認め、改善に切り替えないのかという疑問しかわかない。経営者にとっては、もちろん適切な利益を上げるということも重要であるが、やはり問題が起こったときに、きっちりと説明し、問題があれば改善するということも重要な責任ではないのだろうか。
 ミートホープにしても、赤福にしても、そして船場吉兆にしても、問題発覚時に適当なウソをつきごまかし、矛盾をつかれると、また、ウソで塗り固める。そして、その間に問題がドンドン大きく、深刻化してしまうという悪循環に入ってしまっている。これでは、再建できる問題も、再建不可能にまで陥ってしまうことは明白である。
 もちろん、再建不可能になって、倒産したとして、経営者は良い。自分たちの責任を、自分でとるのだから。しかし、従業員はどうか? 責任をとる能力のない経営者の失敗につきあわされ、解雇や賃金を下げられては、どうしようもない。
 船場吉兆は、あろうことか、現場でもっともよく働いている、いわば会社の利益の源となっているとパート労働者に、「自分で賞味期限のシールを貼り替えた」という偽装の念書を書かせたという。とんでもない話だ。
 企業にとって、パート労働者というのは、やすく使える“都合のいい”働き手である。正社員とは、給与体系違えば、責任の度合いも全く違う。そのパート労働者に責任をなすりつけるなど、まったくもって許し難い。
 そもそも、経営陣が言うように、仮に“パート労働者がかってにおこなった”行為としても、現場の社員が責任をとるべきだろう。それが、社員の役割ではないのか。さらに、現場の社員すら責任をとれないようなものであれば、会社役員が責任をとる。当然のことである。そうした責任感の全くない、我が身の保身ばかりを考える船場吉兆の経営陣は、恥を知るべきである。さらに、恥ずかしいことに、責任逃れは、パート労働者に押しつけるだけでなく、取引先などにも責任を押しつけている。地鶏と銘打って売っていたものが実はブロイラーであった点に関し、社長は業者にだまされたというような発言をしている。しかし、この業者は、ブロイラー専門の業者であったそうである。では、老舗中の老舗である船場吉兆は、ブロイラー専門業者に“地鶏”を注文したのだろうか。ほんとうに恥ずかしい。
 さて、ミートホープにせよ、赤福にせよ、船場吉兆にせよ、なぜこんなに無責任が横行するのであろうか。
 ウソをついてごまかしても、そのウソをまたウソでごまかさないといけない事態が早晩やってくることは、明白であるし、そもそもウソというのは、どこまでいってもウソであって、真実になることはない。そんなことは、小学生高学年から中学生くらいになってくると、自然と分かってくるものである。はじめは、通用していたウソが次第に大きくなり重くなり、やがては自分のみを守るためのウソが自分の重荷になってくるということを。
 経営者は、少なからず社員やパートを抱え、その人たちの生活を支える給与を支払っているのだから、きっちりと責任をとってもらわないと困る。問題が発覚すれば、即、自汁関係を調査し、明らかにし、改善から再建へと動くべきである。

2007年11月01日

●耳の不自由な人間は落語を聞いちゃいけないのか?

 落語とは、なんとすごい芸なんだろうかと、昨今の落語ブームの中で、よく考える。
 着物を着たひとりの人が、小さい机の前で正座し、話をするだけなのに、それが人間の喜びやおかしさ、悲しさなどを表現し、聞き手の中で大きくふくらませるのだから、本当におどろくべき芸である。
 たしかに、ほとんど動きもなく、派手さもない落語は、テレビの普及の中で一時漫才やコントにその活躍の場を失われつつあった。とくに大阪では、東京と違い、落語にふれる場というのは、急速に奪われていったと思う。しかし、大阪でも、ドラマ『タイガーアンドドラゴン』のヒットや天満宮の繁盛亭の落成によって確実に落語が大きな娯楽へと成長しつつある。
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 そうした落語復権のなか、三笑亭夢之助という落語家が、島根県安来市主催の敬老会での独演会で、自分の落語を手話通訳している人に対し、
「落語は話し言葉でするもので、手話に変えられるものではない」
「この会場は聞こえる方が大半ですよね。手話の方がおられると気が散りますし、皆さんも散りますよね」

 といい、手話通訳者を舞台からおろしたというのだから、とんでもない差別事象である。
 まず、第一に落語は話し言葉なので手話に変えられないとは、なんという傲慢さであろうか。たとえば、自分が年をとって、あるいは病気などで耳が不自由になったときのことを想像してみるといい。知りたいと思っている人間に対し、「いや、これは話し言葉だから良いのであって、手話で表現できない。だからあなたにはムリなのだ」といわれたら、どうだろうか。暗澹たる気持ちになる。
 さらに、大半の人間は耳が聞こえるから手話は必要ないという表現もひどい。ひどすぎる。自分は、耳も聞こえる“多数者”であるからこういう人を傷つける発言ができるのであろう。“少数者”は排除していいのだろうか。こういう“多数者”意識というのは、どうすれば持つことができるのだろうか。きわめて疑問に感じる。しかも、この場は敬老会であり、耳の不自由な人も多いはずであり、いろいろな意味で人生の先輩に対して、配慮すべき場であるはずなのだ。
 また、最悪なのは、こうした自分の差別意識を落語を楽しみにきた客に押しつけ、同意を求めている点である。差別の煽動である。絶対に許すことができない。
 芸人とは、人を楽しませるために仕事をしているのではないのだろうか。それなのに、耳の聞こえない人を排除し、それを客に押しつけ、いやな思いをさせるとは、すでに芸人ではない。当然のことであるが、「手話通訳がつくので夢之助さんの落語を楽しめると期待していたのに」という耳の不自由な人もいたという。『毎日新聞』(10月31日付)
 この夢之助という人は、落語をどう考えているのだろうか。耳の不自由な人には必要のない、“健常者”だけが楽しめばよい娯楽だとおもっているのだろうか。あるいは、手話通訳者がいるだけで、落語がやりにくいほど夢之助という落語家は噺が下手なのか。手話通訳を通じて、自分の噺が面白いと感じる耳の不自由な人をファンにさせようという気持ちはまったくなかったのか。
 いずれにせよ、こんな人は、芸人であると僕は、絶対に認めたくはない。
 なお、昨年、この安来市主催の敬老会には、宮川大助・花子さんを招き、漫才を披露したそうである。そのとき、花子さんは手話通訳者に「ありがとう」といったそうである。宮川花子さんがどういう意味で手話通訳者に感謝の意をのべたのかは分からないが、僕がもし芸人だったとすると、やはり“自分の芸を耳の不自由な人にも分かるように伝えてくれてありがとう”と思うだろう。

 ※なお、「くまさんの自立」さんのブログで、三笑亭夢之助という人物の品性が語られている。

2007年10月30日

●[YouTube]食欲をなくす“Body Parts Bread”

 タイのパン屋さんらしいのだが、かなりグロテスクなパンを売っている。これは、食欲がわくどころか、かなり怖い。。。

2007年10月21日

●1600円の過払い返還

■納税の確認について

 この間、会社の経理課から電話があった。なんでも、H17年度の年末調整において、連れあいの収入の申告額に過ちがあったので、年末調整で過払い分を納めよというものであった。
 聞くところによると、年収にして10万円ほど、“過小申告”しており、過払い分1600円を税務署に納めよということである。原因は、たぶん妻がパートでつとめる会社が交通費を含め、僕が交通費を抜いて申告したのが、月額にしておよそ9000円ほどの差を生んだのだろう。いずれにせよ、確認はしていないし、給与明細なども処分しているので、税務署の調査が正しければ、僕は“脱税”していたことになるので、来月分の僕の給与から天引きで税務署へ1600円を支払うよう、経理課に頼んでおいた。
 さて、それにしてもなんとも解せない点がある。それは、1600円を納めよといわれたことではない。僕の行った申告が誤っていたならば、訂正されるのは当然である。解せないのは感情的なものである。
 夫婦2人で働いて、裕福ではないが、とりあえず暮らしていける生活をしている世帯の年収10万円の誤差を見つけ出し、1600円の過払い分を戻せという事務処理は何なのかという感情的な疑問なのだ。
 僕は、以前から書いているように、つい2年前にフリーター生活から足を洗い、正社員になったのだが、入社してわずか2年で満足な給与がもらえるはずもない。たぶん、同年代の公務員は、僕の年収の2倍以上はもらっているのではないだろうか。そう考えると、その税務署員は時給にして3000円くらいの報酬は取っていることになる。僕の申告の誤りを1時間かけて発見したとするならば、彼は3000円の報酬を取って、1600円分の仕事をしたことになり、コストを考えると最低でも1400円の“税金のムダづかい”をしているのではないかと思うのである。
 何度も、繰り返すが、誤りは正さないといけない。脱税はいけない。が、1600円の年末調整の払いすぎに対して、3000円以上コストをかけて、取り戻すというのは、いったいいかがなものなのだろうか。疑問に思えてならない。
 話は変わるが、この間、NHKの『クローズアップ現代』をみた。「船出はしたけれど
~郵政新会社の課題~」という特集で、郵政民営化における新たな問題点がテーマである。正確に言えば、郵政会社が上場するにあたって、上場基準を満たさないといけないわけだが、監査法人が入ると一般企業ではありえない問題点が出てきているというのである。
 全国に散らばる郵貯のATMの保守・管理を、郵政OBのいわゆるファミリー企業が牛耳っているというのだ。その取引額は、年間50億円。大変な額である。しかも、ひどいことに、この会社には、従業員がほとんどおらず、実際の業務はすべて丸投げで他の会社がやっているという。
 つまり、このATMの保守・管理を行うという郵政OBの企業は、郵政から受けた仕事をそのまま別会社に振るだけで巨額の利益を得ているのだ。この利益の源泉は、税金であり、郵貯利用者が本来受けるべき利潤である。それを、このOB企業は、何もせず巨額な売り上げを上げるのである。
 また、全国の特定郵便局の家賃が近隣同種の物件に比べ、平均にして30%ほど高いということも上げられていた。このこともまったく不可解きわまりない。特定郵便局長会の会長だったかがでて、家賃が高いのは郵便局舎の窓やフェンスは特注のものであって、コストが高くつくからだ、と説明していたが、説明になっていない。特注であるので建設費が30%高くなるというのなら分かるが、なぜ家賃が3割も高くなるのか。月づきの家賃が3割も高くなるほど、局舎の管理・維持費に金がかかるというのだろうか。
 いずれにせよ、一般企業ではありえない高コスト状況、無駄遣いが行われているのは事実であり、それは本来ならば、国民や郵貯利用者が得なければならない利益であることはまちがいない。
 さて、月9000円ほどの申告漏れにたいする調査がおこなわれ、その一方では郵政ファミリー企業への数十億円という利益供与や特定郵便局への破格の優遇がおこなわれている現実を見ると、ますます1600円の過払い分を支払えと言う“正当な”要求が疑問に思えてならない。

2007年09月13日

●安倍晋三のあまりのお粗末さ

 わが日本の首相・安倍晋三という人間は、どこまで情けないのか。
 「美しい国・日本」を作ると言いながら、日本語が不自由で、しかも論理性に欠ける点は置いておいても、所信表明演説後に自ら首相を辞任するなど、あまりにもかっこが悪すぎる。イヤ、かっこ悪いというより、みっともないというか、情けないというか、何とも表現ができない。そもそも、首相という職務を、国会が始まった時点で、放棄するなどどういうつもりだろうか。
 まず、辞任理由だが、「今の状況では国民の支持・信頼において政策を力強く前に進めていくのは困難な状況。自らけじめをつけ、局面を転換しなければならない」
と述べたそうだが、何という言い方だろうか。
 “国民の支持・信頼”というが、そんなものは、すでに参院選の結果を見れば明らかではないか。参院選後に、安倍さん、あなたは、結果は受け止めるが権力の頂点に居続けるのは自分の“使命”とおっしゃったのではなかったのか。“国民の支持・信頼”を理由にするなら、参院選後にすべきであった。
 さらに、所信表明演説後に、いきなり辞任というのは、無責任極まりない。日本の政治は、日本国民のみならず、日本で暮らす外国籍の人間や日本と関係の深い諸外国の様々な人間と密接な関係を持つ。
安倍さん、日本の首相であるという重みを考えたことはありますか?
 はっきり言って、こんな無責任な人物がトップにいる国に住んでいるなど考えたくもない。僕は、有権者になって以来、自民党の政治家に投票したことは一度もないので、逆に言うと、こんな政治家を支持し、首相にまで押し上げた人たちの気がしれない。また、議院内閣制である以上、この人物を首相として推した国会議員も大きな責任が問われて当然ではないか。
 ただ、こんな無責任で情けない辞任を許した自民党は、やはり支持者をなめているのだろう。国内においても、国際的にも、これほどまでに、みっともないない辞任を許しても、次期総裁がつつがなく政権運営をおこなえば、衆議院議員の任期までには、自民党と公明党の支持率は上がり、自公政権は、“さざれ石がいわお”となるまで継続できると高をくくっているに違いない。
 次期総裁が誰になるか、現時点では分からないが、きっと新総裁誕生後の世論調査では、自民党支持率がグンと上がるのだろう。
 しかし、本当にそれでイイのだろうか。自民党の体質はまったく変わらず、ただ頭だけが人気取りで変わり、何だか一新したような気をさせる。
 豊かな農村の風景を破壊し、農村部で暮らしを破壊してきたのは、誰なのか。
 都市部においても、格差が増大し、働いても働いても給与は上がらない大多数の人間がいる一方で、一部に年収ン千万と稼ぐ人間がいる。こうした経済格差は、教育格差に連続し、多くの罪なき子どもたちが犠牲となっている。
 機会付近等の偏った社会の中で、不満を抱く部分が犯罪にはしる。
 こうした社会を作ってきたのは、戦後62年にわたり、政権を独裁してきた自民党にあるのではないだろうか。皮肉を込めていうと、これほどまでに長期にわたり、独裁政治を行ってきた国というのは、近代国家では日本くらいではないだろうか。

2007年09月07日

●原発の定期検査期間の延長


 経済産業省は、これまで13ヶ月ごとにおこなわれてきた原子力発電所の定期検査を、2年ごとに延長しようとしているらしい。
 検査回数を減らせば、原発が稼働している時間を増やすことができ、より多くの発電量を確保、二酸化炭素排出量の削減につながるというのが、その“大義”らしい。
 しかし、原発はその他一般の発電所や工場などとは、同じように考えることのできない、極めて危険性の高いものである。
 まず、第1に放射能の安全性の問題がある。ひとたび事故が起こったさいには、人的被害は想像を超えるものとなる可能性がある。
 次に、その被害は1代ではおわらず、直接に被曝した人の子や孫にまで及ぶ可能性がある。
 僕の知り合いの女性で、十年おきくらいにガンを発症し、手術をくりかえしてきた人がいるのだが、彼女は自分は長生きできないと、常々言っている。理由は、また自分の体のどこかでガンが発症するかわからない、父親をガンで亡くしているからである。
 彼女の祖父は、広島で被爆しており、その影響を、ある種の“運命”のように考えているのだ。
 放射線は、遺伝子を破壊する。破壊された遺伝子が、子や孫に引き継がれた場合、二次被害、三次被害と数十年にわたる被害の可能性があるのだ。
 第3には、放射能が空気中に漏れた場合、被曝の可能性が周辺諸国に及ぶことも、十分に考慮しなければならないだろう。
 1986年に起きたチェルノブイリ原発の事故は、重要な教訓である。放射能は、偏西風にのって、世界を一周する。
 さて、原発一般の危険性だけ考えても、慎重には慎重を重ねて、少々ナーバスなくらいの方が良いのでは、と僕は思うのだが、さらに考えないといけない問題がある。
 それは、原発施設の建て替え問題である。コンクリートの寿命はいうにいおよばず、被曝し続けている施設の耐久性、老化の問題である。
 原子力発電所の建て替えなど、果たしてリアルな問題としてあり得るのだろうか。
 ただでさえ、低レベル廃棄物の処分場がないのに、巨大な“核のゴミ”と化した老築化した原子力発電所を安全に解体し処分できるとは思えない
 1基当たり世界最高の発電能力を持つ柏崎刈羽原発が、地震の被害を受け、白々しくも政府やマスコミは“想定外の規模”と、責任は「自然の力」であるかのように喧伝しているが、活断層の危険性は以前から指摘されていた。柏崎沖の活断層については、存在がわからなかったのでは決してなく、単に調査しなかっただけである。百歩譲って、活断層の存在が知られていなかったとしても、今回被災した柏崎刈羽原発が“砂州”の上に建設されている事実は知らなかったとは言えないだろう。なぜなら、地盤の弱い砂州の上に無理やり建設された柏崎原発の基礎はかなり深くまで打ち込んでいるからである。
 活断層の存在の疑いがあっても隠し、地盤の弱い砂州の上に建設していることも隠し、ただひたすら原発の必要性と安全性のみを誇張し、建設された原発が被災したら“想定外”などと逃げる政府がいう安全性など、まったく信用することができない。
 ましてや、これまで13ヶ月ごとに検査してきたものを、24ヶ月ごとに延長するなど、絶対に認めることなどできない。
 24時間、コンビニやスーパーマーケットが空いている“便利な社会”を目指すのであれば、原発とそのリスクは負わねばならないだろうし、子や孫にまで継がれているリスクをなくしたいのであれば、少々不便でも安心して暮らせる社会を目指さねばならないだろう。今、真剣に考えていかないのではないかと思う。

2007年08月10日

●主張する外交

 『毎日新聞』(8月9日)の余録を読んで、わが国の首相である安倍晋三氏の偉大さに感動した。
 安倍氏の“美しい国”というイデオロギッシュなフレーズが、安部氏の全てであると思っていたのだが、なんと“主張する外交”というのもキャッチフレーズであるという。
 北朝鮮の核開発という世界的な危機、50億民衆の生命のかかった問題にたいして、安倍内閣はひたすら「拉致問題」というカードを後生大事に持ち続け、外交はやる気がないのだと思い込んでいた自分の見識のなさを恥じるばかりだ。
 たしかに、「日本人拉致問題」は、被害者家族や親族、友人などにとってみれば、きわめて重大な問題であり、“全員帰国”が基本方針であることに異議のある人はいないと思われる問題だ。
 しかし、核兵器という人類の危機に対して、「拉致問題」を対置するのは、かなりバランスが悪い。「日本人拉致問題」が人道上の問題として核兵器と匹敵するするくらい世界的かつ全生物的に問題であるならば、旧日本軍がおこなった「拉致問題」の解決=全員帰国をなさねば道理が通らない。
 いずれにせよ、北朝鮮の政治に対して、日本の外交は1ミリも触れることはできず、米国と北朝鮮との会合、さらに韓国も7年ぶりに会談をすることになった。
 わが安部内閣の“主張する外交”の本質はどこにあるのか。
 それはまさに“美しい国”というキャッチフレーズに示されるように、安部氏のいう“主張する外交”も、彼の頭の中だけで繰り返される“理想”なのだろう。
 ちなみに、破綻した『新しい歴史教科書』を出版し、“誇るべきわが祖国日本”復活に奔走する扶桑社が出版する『SPA!』(8/14、21号)という破廉恥もとい高潔な雑誌に、イギリスのマスコミが安部首相の“国民生活に関わる問題を放置してイデオロギー的アジェンダに夢中になっている(同紙)”政治姿勢を指して「ブラウンよ、安倍を見ていて何をしてはいけないかがよくわかるだろう」と、英政治を批判しているという記事が載っていた。
 わが愛する安倍内閣を倒閣しようとする運動が、足元の自民党から起こり始めていることを示す新聞記事が最近出ているが、自民党に自浄作用があるかのような記事は許すことができない。
 安倍内閣は、衆院選までひたすら続くべきである。

2007年08月04日

●ネバリ腰の安倍首相はすばらしい

 「赤城農水相が更迭」
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 朝刊一面見出しをみて驚いた。選挙の結果を見ての迅速な判断、いやはやすばらしい
 どうせ更迭するのであれば、問題が発覚した時点でやめさせるだろう。しかし、それは、並みの政治家のすることであって、わが安倍首相は、多くの批判を受けながら、赤城農水相をかばいつづけた。この友達をかばいつづける姿勢もたいしたものである。
 友達を裏切らない、こうした姿勢は、ぜひとも全国の小学生、中学、高校生に学んでもらいたいものだ。
 ギリギリの線まで、赤城農相をかばいつづける、日本の国技“大相撲”顔負けのネバリ腰はまさに横綱級といえよう。世論調査で、支持率が20%になろうが、10%になろうが、そんな民衆の思いなどに惑わされることなく、自分の信念を貫き通し、衆院選まで続投し続けてほしい。

2006年12月21日

●自民党への巨額融資

 03年春に、税金から2兆円もつぎ込まれ、“破たん”を免れたりそな銀行が、それ以降、自民党への“融資”を急増させていると、『日刊ゲンダイ』で暴露されている。
 記事のよると、りそな銀行の自民党への融資残高は、02年で4億7500万円だったものが、りそな救済の03年には24億2500面円と5倍に増加、04年には49億円、05年には58億7500万円と、わずか2年の間に11倍も融資額を増やしている。
 そもそも、破たん寸前で、2兆円という多額の税金をつぎ込んで、生きも絶え絶えの銀行が60億円も自民党に貸し出すことができるのは異様である。なぜなら、自民党は、企業ではないからである。
 売上を伸ばしている企業に多額の融資をするのであれば、理屈もわかるが、政党に多額の融資がおこなえるなど、考えられない。自民党への融資の担保は、自民党本部だそうだが、土地は国有なので担保としての価値は存在しない。では、建物に58億円以上の価値があるのか? 老築化したコンクリートの建物にそんな価値があるとは思えない。
 つまり、自民党は、政権与党であるために、税金を利用し、りそな銀行を救済、りそな銀行は、そのお返しとして、一政党に過ぎない自由民主党へ多額の融資をおこなったとしか思えない。そして、自民党が政権政党として、りそな銀行へ費やした血税2兆円は帰ってこない。この2兆は、国の予算であるので、一政党である自民党は、返済されなくても痛くないばかりか、58億円以上もの融資という恩恵を受けることができるのである。
 これは、巨大な不正システムではないのだろうか。ワイロであるとか、私物化であるというレベルをはるかに超える巨悪であるとしかいいようがない。

 りそな銀行が実質国有化された03年以降、自民党への融資を急増させていることが分かった。02年の融資残高は4億7500万円だったが03年は24億2500万円。04年は49億円、05年は58億7500万円。アッという間に10倍に膨れ上がったことになる。
 「こりゃなんだ!」という話ではないか。りそな銀は03年春に2兆円もの税金が投入された。
  『日刊ゲンダイ』12月20日
2006年12月18日

●自民党は、外資から政治資金を受けるのか

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 『日刊ゲンダイ』12月16日付けで、政治資金規制法が改正されたことを報じている。
 改正内容は、
 「外資比率50%超の企業でも、5年以上株式上場していれば政治献金をしてもいい」
 という内容である。
 問題は、外国企業であっても、5年以上日本国において株式上場しておれば、政治資金が許されるという点である。
 最初に断っておくと、僕は、自民党は資本家階級の利害を守る政党であり、そういう意味では、日本企業から多額の献金を受け、その利害を守るために動こうが、米英仏あるいは中韓などの企業から献金を受け、それらの企業の利害を守ろうと動こうが、どうでもいい。
 僕にとって重大なことは、まじめに働き生活する庶民の生活を守る政党の政策である。したがって、自民党が、米英仏露や中韓の企業から多額の政治資金を受け、それら企業の利害を優先しようと、日本企業から多額の資金を受け、それら資本の利害のための政治をおこなおうが、ほとんど違いは感じない。
 ただ、問題なのは、いわゆる愛国主義者を自認する安倍首相以下、多くのそうそうたる人々が、この「買国奴」的な改正をよくしたものだということである。
 愛国主義的人間を形成するために教育基本法が改正されたが、それをつくった人間みずから外資に国を売るようなことをしていることには、違和感を感じざるをえない。
 いわゆる『新しい教科書』(扶桑社刊)を支持した人たちは、日本帝国主義の侵略戦争の犠牲者となった中国や韓国の人々の反発に、“内政干渉だ”といっていたが、直接的に政権政党である自民党に政治資金をし、他国の資本の有利になるように働きかけることのできる、今回の改正の方が、はるかに“内政干渉”であるように思うが、いかがなものだろう。
 まあ、新しい歴史教科書をつくる会にしても、勝共連合などの「外資」や「キリストの幕屋」などといういかがわしい特定の宗教団体などの動員でなされたものであろうから、今回の政治資金規制法改正など、どうでもよいのだろうけれど(笑

※参考サイト
保坂展人のどこどこ日記「政治資金規正法「外資規制」を解除に唖然 」
※※画像は、とりあえずガスパーチョさんのサイトより。

2006年12月17日

●警察官、制服のまま空き巣

 38才の警察官が、制服のまま空き巣に入り現金10万円を盗んだ容疑で、12月15日に逮捕されるという。
 制服のままの方が、かえって怪しまれないと思ったのだろうか。とんでもない輩である。さらに、記事によると、この事件は、今年7月に発覚しており、半年もたったこの時期まで、警察官として勤務していたのだから、驚くばかりである。
 生活費に困ってとはいうものの、民間の企業に働く人に比べれば、ボーナスも安定しており、言い訳にもならない。また、警察官という職業からして、まったく許されるものではない。どうして、こういうことが起こるのだろうか。一般人に対しては、権力を振りかざし、厳しく取り締まり、一方で犯罪を犯してしまうという精神構造が、僕には理解できない。どういった種類の人間が、こうした自己矛盾的な行動を起こすのだろうか。

神奈川県警制服警官が女性宅に空き巣、15日にも逮捕

 神奈川県警鎌倉署地域課の巡査長(38)が、鎌倉市内で学習塾を経営する70歳代の女性宅に空き巣に入り、現金10万円を盗んでいたことが14日わかった。
 県警は15日にも、巡査長を窃盗容疑で逮捕する。
 調べによると、巡査長は7月上旬、勤務中に制服姿で、留守中の女性宅に無施錠の玄関から侵入、1階の食器棚から現金10万円入りの封筒を盗んだ疑い。
 巡査長は6月、女性から、自宅網戸に石を投げつけられる被害に遭ったと相談を受け、修理を手伝うため女性宅に数回上がったことがあった。巡査長は「住宅ローンがあり、生活費に困ってやった」と供述している。
 女性は夫と2人暮らし。女性が7月下旬、封筒がなくなっているのに気付いた。自宅に上がったことがあるのは夫を除いて巡査長だけで、女性が問い詰めると、巡査長は「盗んだのは7万2000円」と話しつつ、女性に8万円を渡した。納得のいかなかった女性は11月27日、鎌倉署に相談。同署は巡査長を自宅謹慎として捜査していた。
 12月15日3時7分配信 『読売新聞』
2006年12月15日

●「日本は共産主義社会」???

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 元ライブドア社長・堀江被告が、
 日本はエリート官僚が支配する「共産主義的な社会」で、自分が訴追されたのは「嫉妬深い」日本の官僚組織の恨みを買ったのが原因だ
 などと述べたらしい。
 この間、裁判での堀江や側近連中の供述などを意識して読んでいるが、かつての仲間とのあまりのバカげた非難の応酬に思わず苦笑していたのだが、やはりこの人物は、頭の悪い人なんだろう。
 マルクスの『共産党宣言』をいちど読んでみたらいい。薄い本なので、さほど時間もかからない。しっかりと理解してもらえれば、日本が“共産主義的”でないことは当然ながら、旧ソ連や中国なども、共産主義ではないことが明白になるだろう。
 しかし、日本は、いつから没知性的な社会になってしまったのだろうか。

堀江被告「日本は共産主義社会」

 15日付の英紙フィナンシャル・タイムズは、ライブドア事件で証券取引法違反罪に問われている堀江貴文被告が同紙のインタビューに応じ、日本はエリート官僚が支配する「共産主義的な社会」で、自分が訴追されたのは「嫉妬深い」日本の官僚組織の恨みを買ったのが原因だなどと述べたと報じた。
 同紙によると、堀江被告は、日本は表面的には平等な社会に見えるが、実際はエリート官僚が支配していると主張。自分は無実の犠牲者で、年功序列の官僚モデルと対極にある生き方が嫌われたとの見方を示した。
 堀江被告は「官僚組織には強力な検察官らが含まれていることを忘れていた」と述べたほか、「日本を変えたかったが、そのために刑務所に行きたくはない」とも語った。 (共同)

●安倍首相のボキャブラリー

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 安倍首相が12日の記者会見で、みずからの語彙力不足をまた暴露してしまったようだ。
 5分間、7問の質問に答える中で、
 「私の指示にしたがって、各部門で厳しい交渉がおこなわれていく」
 などと、“私の指示”という言葉を3度も使い、かなり自分の指導力を強調したかったようだ。
 そもそも、内閣をまとめる首相であるのだから“私の指示”があるのが当たり前で、さほど強調すべきところではない。質問した記者にしても、日本国民に限らず世界各国の人々が知りたい“核心”を答えてほしいと、質問しているのであって、首相の“指示”かどうかなど、いわばどうでもいいことだ。しかし、安倍首相は、国民の関心や世界の関心が、“自分の指導力”にあると、思っているのだろう。なんとも哀れとしかいいようがない。
 また、新聞によると、“私の判断”という言葉も強調していたよう。
 首相就任時に、“しっかりと”という無内容な形容詞を並べ立てて、“しっかり晋ちゃん”と揶揄されたが、またもや安倍首相の語彙力のなさが明らかになってしまった。
 ただ、心配なことは、人というのは、言葉でもって思考するために、語彙力のない安倍氏が本当に自分の哲学を持っており、高度な政治的判断をする能力があるのかどうかということだ(汗

2006年12月12日

●久間防衛庁長官の質の低さ

 かつて日本は、経済1流、政治は3流と揶揄されてきたが、経済も国と地方の赤字が1000兆円となり、すでに転落の道を歩んでいる。この政治責任をだれがとるのか。これが、一般企業であれば、赤字の責任は、当然社長以下役員など、舵取りをしてきた者がとるだろう。
 しかし、政治3流の我が国において、1000兆円の赤字の責任を自民党がとるとは、とても思えない。それは、アメリカ主導のイラク戦争への加担に対する責任でも同じようだ。
久間 章生
 久間防衛庁庁官が、12月7日の参議院外交防衛委員会において、緒方靖夫議員(共産党)の質問に答えて「(日本)政府として支持すると公式に言ったわけではない。(小泉純一郎前)首相がマスコミに言ったということは聞いている」と述べた。なんと、イラク戦争支持は政府の公式見解ではない、小泉首相(当時)の個人的見解だというのだ。
 この発言は、極めて重層的な問題を持つ。
 1、戦争への参加という重大事項が政府見解なくして首相による判断だけでできるものなのか。
 2、政府の公式見解であることが明白であるにもかかわらず、小泉の個人的責任にするのは歴史の偽造でないのか。
 3、しかも、この発言をおこなったのが他でもない防衛庁庁官であり、最高責任者がこのような見当違いの虚偽の発言をして許されるのか。
 4、そもそも、イラク派兵は明らかな憲法違反であり、国内外に大きな反対や波紋を広げた「大事件」であり、その重大性をどうみているのか。

 さて、この久間発言は、当事者であるアメリカにおいて、イラク侵略の責任をブッシュ共和党が突き付けられているということが前提であることは、明らかであろう。
 アメリカにイラクを破壊する大義名分などまったくなく、本来「物的証拠」となるはずであった「大量破壊兵器」なるもののかけらすら存在しなかった。さらに、イラクでは、アメリカ軍による民間人の殺害とともに、内戦を誘発させ、国連アナン事務総長が、「フセイン政権の方が国内状況は良かった」というほど、ひどい状況になっている。
 こうした状況を作り出したのは、直接的にはアメリカであるが、その強力なパートナーの役割を担ったのが、小泉・日本である。アメリカほどではないにしても、日本の役割責任は大きい
 久間庁官の発言は、小泉をスケープゴートにして、国際的な批判から政府を守り、国内的な批判から自民党を守ることを意図したのは間違いないだろう。
 しかし! それでも、あまりにも質が悪い。
 政府の公式見解でなく、首相の個人的な意思で自衛隊は海外に派兵され、ひとつの国を壊滅させる手助けができるのか。それでは、とても民主国とはいえない。一筋の論理性もない。これでは、北朝鮮並みの独裁国家と同じではないか。こういう久間の発言を許せば、ばんばん自衛隊を派兵し、あとは「あれは、政府の公式ではなく、首相が個人的に決めたものだ」と逃げ道をつくってしまうことになる。
 さらに、翌8日の記者会見では「政府の公式見解でないと発言したのは、不勉強で間違いだった」と訂正し、撤回したのだが、これもまた、とんでもない。
 当時、イラクへの派兵は、石油利権の確保を最大課題とし、大義名分として国際的な安全をうたった重要政策であったはずである。このことは、久間が所属する自民党にとっても、自民党が支配する政府にとっても、同様の認識であり、久間が知らないはずがない。イラク参戦によって、自衛隊員のみならず、国民の生命や財産が奪われる危険性がある重大な決定を、「不勉強」などという言葉で片づけられると思っている時点で、すでに終わっているとしかいいようがない。これほどの恥の上塗りはない。
 こうした恥ずかしい姿をさらしつづける久間章生という人物が、日本で暮らす多くの人間の生命と安全を守る防衛庁の最高責任者であっていいはずがない。
 そして、こうした極めて程度の低い人物を防衛庁庁官に任命した安倍首相の責任も重いだろう。
 安倍首相は、今もなお、イラク派兵によって国民を危険にさらしている責任と、無責任の塊のような久間を任命した責任をとるべきではないか。
 久間庁官の更迭と、衆議院を解散し、国民に信を問う必要があると思わざるをえない。

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2006年12月10日

●今日の昼ご飯~~とんかつ道場

とんかつ道場
 今日は、とんかつ道場という弁当屋のとんかつ弁当を食べた。
 若いときならまだしも、もうおやじの歳になると、きついものがある(^_^;

2006年12月06日

●お国が決める日本食

 農水省が、来年度から、海外の日本食レストランの認証制度を導入するという。「正しい日本食」の基準など、具体案は来年2月にまとめるそう。
 しかし、なんともくだらないことに時間と金と人を使うのだろうか。くだらないだけではない。「正しい日本食」というものを政府が決めるというのも傲慢な話である。
 食事というのは、人間の基本的な活動であり、極めて重要である。いうまでもない。だからこそ、海外から「食事」を輸入するさいには、かならず日本の食文化に合わせる。中華料理にしても、フレンチ、イタリアンにせよ、日本に数あるレストランの中で、どれだけのレストランが、その国民をうならせるものを出しているのだろうか。いや、別に出さなくていいのではないだろうか。
 たとえば、カレーライス。たぶん、インド人は、「こんなものはカレーでない」というだろう。いわゆるカレーライスという食べ物は、日本人向けに改良された立派な「日本食」である。町の食堂で食べるスパゲティはどうだろうか。あるいは、宅配のピザなどは、すでに立派な「日本食」となっているのではないだろうか。いわゆるマーボー豆腐や餃子なども、中華料理ではないだろう。でも、それでいいんではないか。
 海外で出されている「日本食」の認定など、まったく無意味だし、傲慢である。文化に政治が口を挟むのは絶対に反対である。どうしても、食文化を守りたいというのなら、外国人に向けるのではなく、まず自国において、フレンチやイタリアン、中華や韓国料理なとの外国料理に認定制度を導入するのが筋というものだろう。
 正しいフランス料理に、正しいイタリア料理、正しい中華など認定すれば、「餃子の王将」などは認定されるだろうか(笑 まず、焼き餃子を出している時点でアウトになりそうだし、マーボー豆腐はトウガラシ辛い日本風ではだめで、山椒のきいたものじゃないと認定外だろう。さらに、正しいインド料理を認定してしまうと、残念ながら、ほとんどのカレー屋が認定外になるだろう。「ココ一番」はまず認定されないだろうなあ。おっと、常々愛用しているレトルトのカレーはアウトか! 残念!。
 そうそう、スーパーで売っている梅干し。あれは、甘くって調味料の味しかしないので、正しい日本食ではないのじゃないだろうか。日本で売っている日本食からして、かなり怪しい(笑

日本の農水省は来年度から、海外で2万店を超える日本食レストランの認証制度を導入する。欧米を中心に、和食とはかけ離れたメニューを出す店が急増しているからで、「正しい日本食」の基準など、具体案は来年2月にまとめるという。
たとえば、時事通信によると、米カリフォルニア州には3000店に上る日本食レストランがあるが、日本人、日系人による経営はほんの1割程度で、大半が韓国系や中国系なんだとか。
……
米国のメディアは「論争の火種になる恐れがある」(ロサンゼルス・タイムズ紙)とか「日本の国粋主義の表れ」(ワシントン・ポスト紙)などと、今回の認証制度を批判しているという。もちろん、まともな日本食レストランもあるし、日本国内にも“偽”のフレンチやイタリアンを出す店はあるが、それ以前の問題のような気も……。
『日刊ゲンダイ』12月5日
2006年12月05日

●ネットは、ヴァーチャルか

 今朝、朝刊をみて驚いた。交通事故で死んだ子どもの写真を、自分のホームページに掲載していた小学校の教師についての記事だ。 「3度の飯より遺体が好き」とサイトに載せているという。
 『ゲンダイ』紙では、さらに詳しくあった。
 事故で死んだ子どもの写真に、「『グシャッ!』と潰されて死んでしまいました」というコメントまでつけているという。
 この人物は、テレビの取材にたいし、
 「普段は表に出ない性癖をバーチャルな世界で表現した。内容が自分の職業、社会的立場と比較して不適切という認識はある」(『日刊ゲンダイ』12月5日)
 と答えたらしいが、ネットはバーチャルなので何をしても許されると考えているふしがある。
 ネットは、本当にバーチャルなのか。
 そうではない。この人物は、パソコンに向かって、シコシコとサイトをつくっているつもりだろうが、公開するということは、それをみる人間が存在するのである。
 交通事故で、自分の子どもを失い、それだけでも悲しいのに、ネット上に写真を無断で公開され、子どもや親を侮辱するようなコメントを付け加えれば、傷つき、不快になる人間がいる。けっして、バーチャルなのではない。きわめて、現実なのだ。
 もちろん、本人もそれを意識してやっているにちがいない。自分の異常な「性癖」を匿名を守りながら知ってもらいたいから、ネットで公表したのであって、真にバーチャルで表現したければ、布団にくるまってマスターベーションしておけばいい。
 匿名性を利用して、他人に不快な思いをさせ、被害者や家族、親せきなどを不幸のどん底に落とすヤカラこそ、地獄へ落ちるべきだろう。

2006年12月04日

●こんな国会議員によって生活が決まるなんて。。。

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 こんな国会議員によって、僕たちの生活が左右されているなんて信じられない。。。
以下、『日刊ゲンダイ』12月2日号より引用

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◆ ケータイ禁止、新聞も読まないで… ◆
 もはや国会は“学級崩壊”状態だ。きのう(11月30日)河野洋平衆院議長が、議運委の逢沢一郎委員長に対し、議場内のマナーを守るよう注意した。その文句は、クラスの悪ガキをなだめるような低レベルなもの。
「議長席から見ていると、新聞を読む人、携帯電話を使用する人が目に付く。若い議員はルールを知らない人もいるのではないか。徹底して欲しい」……。
河野議長は10月にも「出席状況が悪い」と注意したばかり。お叱りを受けた逢沢は議運委の理事会で「ベルが鳴ったら、着席し、新聞や本を読まないようにお願いしたい」と各党の理事に注意を促したが、こんな議員連中に「教育問題」を語られたくはない。
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 1億5000万国民と、多くの外国人の生活を決める国の最高の立法機関で、携帯を使ったり、新聞や本を読む。あるいは寝るような国会議員はいらない。

2006年12月03日

●ボランティアを懲罰と考える発想の貧困さ

野依良治座長
 『日刊ゲンダイ』12月2日号で、相愛大学学長・高橋乗宣氏が、鋭い指摘をしているので紹介しておきたい。
 安倍首相率いる教育再生会議で、いじめをした生徒への懲罰・指導のありかたとして、“社会奉仕”が挙げられているのだが、氏はこのことに対して、
 「これでは社会奉仕をしている子供はみんな、「いじめをした悪いヤツ」と見られるようになってしまう。積極的に社会奉仕をしてきた子供たちは、これまでのように感心されたり、褒められたりすることなく、色眼鏡で見られるようになるのだ。」
 と、危機感をもって訴えておられる。まったくそのとおりだろう。そして、「どうしたら、こういう発想になるのか」と嘆きつつ、
 「ボランティアは懲罰という価値観を持った国が、はたして美しい国といえるのだろうか。」
としめくくっている。
 さて、まったく教育再生会議の委員というのは、どういう思想の持ち主なのだろうか。発想が貧困としかいいようがない。貧困の思想ではなく、思想そのものが貧困であるとしかいいようがない。
 社会奉仕やボランティア、いやそこまで