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2006年12月19日

●今月の読書 佐藤優『獄中記』

gokutyuki.JPG
 毎年のことだけれど、11月から2月にかけて、恐ろしく忙しくなる。仕事で忙殺されるのだ。こういうときだからかもしれないが、むしょうに本が読みたくなる。
11月には、マークス寿子『日本はなぜここまで壊れたのか』(草思社)を読んだ。学生のころ、フェミニズムの本を多く出している草思社の本は何冊か読んだことある。この本が、フェミニズムの立場から書かれてる点は、少し残念であったが、非常に面白かった。
 さて、『日本はなぜここまで壊れたのか』が読み終わり、本屋に立ち寄ったとき、思わず目についたのが、佐藤優『獄中記』(岩波書店)であった。タイトルにひかれたのは言うまでもないが、岩波から出ていることは読むに値すると思い手にとった。
 結論を先にいうと、たいへん面白い。久々に、2度3度とメモをとりながら熟読すべき本にであった。遅くても1月中には、もう一度読み返し、重要点をおさらいしたいと思う。
 僕なりに、この本の面白さをまとめると、以下のようになる。
 1.第1線で活動していた外交官の512日という超長期に渡る獄中記録である点
 2.この佐藤氏は、小渕内閣、森内閣下で、ロシアで諜報・工作をおこなっていた第1級の対ロ諜報員、簡単にいうと、政府の命を受け活動する対ロ・スパイであるという点
 3.しかし、法廷闘争の根幹として、(1)国益を最優先に、とりわけ諜報活動や対ロ秘密外交にかかわる点は、自分が不利になっても表には出さない、(2)法的利益よりも、政治的利益を優先するという、彼の愛国心。この点では、当然にも弁護団と論議があったようだが、“無実の証明”という自分の利益よりも、国益を優先するなど、なかなかできることではない。ただ、僕としては、30年くらいして、佐藤氏のスパイ活動が“時効”になったときには、ぜひとも「佐藤事件の真実」という形で明らかにしてもらえればうれしい。>佐藤さん、お願いね
 3.弁証法を拠り所にしてなされる獄中闘争論と裁判闘争論は圧巻。とりわけても、ヘーゲルの「合理的なものは存在し、存在しているものは合理的である」という言葉をキーワードにし、獄中闘争が有意義に展開される点はきわめて興味深い
 4.こうした政府の命をうけ活動する対ロ・スパイ佐藤氏がみる取り調べや獄中の様子、同じ公務員である検察官などの観察
 5.獄中を格好の「学校」として、最大限活用し、自己を再生産しながら不屈に闘う姿
 6.512日分にも及ぶ獄中記にちりばめられる哲学と信念。とりわけても、獄中生活当初から読書する大衆=“思考する世論”をターゲットにし、手紙や記録、論文などを執筆するなど、その戦略には驚く。さすが1級の諜報員としかいいようがない。僕もすでに、彼の術中にはまっているのだが。
 7.そして、こうした任務に忠実な優れた諜報・工作員を、“微罪”によって現場から撤退させる小泉政権の軽薄さが際立つ点。佐藤氏も何度も書いているが、こういう諜報員は外交上の秘密や国益を守らせるためにも、逮捕・起訴という形での“責任”のとらせ方は、国益に反すると考えているし、僕もそう思う。これほどの愛国主義者を、なぜ獄に500日もつなぐ必要があるのか。小泉の軽薄さがなせる技だろう。

 機会があれば、佐藤優『獄中記』メモをいくつかのテーマに分けて、ブログに紹介したいと思う。(のだけれど、たぶん頓挫しそう(汗)

2006年11月22日

●今週の『サンデー毎日』~~日本はなぜここまで壊れたのか

サンデー毎日
 『サンデー毎日』(12月3日号)で岩見隆夫さんが「サンデー時評」という記事を連載されているのだけれど、そこで紹介されているマークス寿子著『日本はなぜここまで壊れたのか』(草思社)という本が紹介されている。
 とても興味をそそられたので、メモ代わりにマークスさんの本文を孫引きしておきたい。
 マークスさんは、最近の“理解を超えた犯罪”の増加の原因を次のように分析する

○通常は、個人の場合でも民族の場合でも、自分が幸福ならば、あるいは希望をもって生活しているならば、「恨みや怨み」は完全に消えてしまわないまでも、人々を過激な行動につき動かすほど強くはたらかないものである。
○ところが、私たちの常識での理解を超えた犯罪は間違いなく増加している。それは、いかに将来に希望がない若い人、自分はダメな人間だと考えている少年及び大人が多いかということを示していると考えるべきだろう。

 自分の希望を失った人間が、他人の不幸をねたんだり、悪いことをして有名になる、こうした“ねたみや恨み、憎しみ”などを「心の中の生きるための炎とする」としている。
 さらに、ではなぜこうした希望のない社会になったのかについては次のようにまとめている。

○「平和で豊かな社会」という日本のキャッチフレーズ、イメージがここにきて急速に変わってしまった。……イラクに派遣されていた自衛官に万一死傷者が出ないようにと慎重に準備し、他国の軍隊に守ってもらう手続きをした政府や政治家たちが、自分たちの足元で起こる殺人や自殺には大した対策も取らないでいるのはなぜだろう。
○皮肉を言えば、国や政府のためには一人でも死んではいけないが、市民生活で死んだり殺されたりするのは、政治や政治家のかかわる問題ではないと言っているみたいである。

 かなり、遠慮気味に書いておられるが、確かにそうである。いじめにあおうが、殺されようが、交通事故や自殺で何万という人が死のうが、政府や政治にとっては、“自己責任”で終わっているのである。これでは、この国で生きる希望も夢もなくなるのは当然である。
 人生には、いろいろなことが起こる。生きる年数が多いほど、死にたいと思うこともあるし、殺してやりたいと怒りを覚えることもある。挫折も多い。しかし、僕などは、そのたびに周りの人に希望を与えてもらい、今、こうして生きている。
 しかし、社会自体が急速に寛容さを失っている。ひとつ過ちを犯せば、恐ろしく叩かれバッシングを受ける。再チャレンジなどとんでもない。
 政治が小さい政府をめざし、日本に暮らす人々の生活をみていない、いや切り捨てているのが大きな要因であろうことは間違いない。
 ここで、僕が「政治が、、、」などというと、「すべて政治の責任なのか」という人が、周囲にも必ずいるのだが、そうであるとしかいいようがない。たとえば、韓国と北朝鮮の人々は同じ半島に暮らし、民族が同じで言語も同じであるにもかかわらず、なぜ生活、文化、体格など、ことごとく違うのか。それはだれも異議を唱えないと思うが、政治がまったく違うからである。極端だという人がいるかもしれないので、さらに書くと、自民党政権から、社民党あるいは共産党政権に変わったとき、僕たちの生活になんの変化も生じないか。いや、大きな変化をもたらすだろう。僕などは、歓迎なのだが、それは困るという有権者が多数を占めているからこそ、今までそういう政権は誕生してこなかったのである。
 話は、それてしまったが、近々、ぜひ購入したいと思っている。

2006年11月20日

●多文化・多民族・多国籍社会でともに生きること

 僕が、いつもチェックしているブログ「多文化・多民族・多国籍社会で「人として」」さんから、TBをいただいた。その記事が、僕の大脳をいたく刺激したので、僕の意見を書いておきたい。
 記事の題は、「虚構の上に立ついやしの「極右」か、現実の上に立つ節度ある「極右」か」で、題としては、極右という立場の人々を題材としているが、内容は、非常に多岐にわたって、重要な内容を含んでいる。
 僕が、非常に興味をそそられ、勉強になった点をまとめると、1つには、日本が「単一民族国家」であるか否か、2つめに民族差別の問題。そして、3つめに新たな差別の生産=被差別民の生産について書かれてある点である。
 仲@ukiukiさんの記事から助けを得ながら、今日の記事を以下にあらわしたい。

続きを読む "多文化・多民族・多国籍社会でともに生きること"
2006年10月29日

●バオバブの種が欲しい!!!


 緑の森を楽しく歩いたさんの「アフリカの大きな木」という記事で、 『アフリカの大きな木 バオバブ』(アートン社刊)という本を買って、愛読者カードを送れば、バオバブの種と育て方の解説書を送ってくれることが紹介されていた。
 もう、バオバブと聞くだけで、なんだか惑星級の大木を想像してしまうので、興奮してしまうのだが、これは買うしかない。ドキドキもんやなあ。。。
(写真は、『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

2006年10月05日

●いい本を読みたい!

 Internet Zone::WordPressでBlog生活さんのブログは、僕がブログを始めたときから、とても勉強させてもらっていたブログであるが、その10月2日の記事にまた刺激を受けた。
 僕は、自慢ではないが(いや自慢だわな、、、)無類の本好きだと思うのだが、最近、ほとんど読めない。精神的に余裕がないし、そういう気持ちになれないのだ。
 マルクスは、労働者の24時間を、3分割し「8時間は労働に、8時間は睡眠に、そして残りの8時間は自らの解放のために勉強に使うべきである」として、8時間労働制を最初に言ったと誰かから聞いたか、読んだかしたのだが、僕の労働時間は、軽く8時間を超えており、学習時間は8時間などとうていない(^_^; まあ、こんな調子じゃあ、資本の言うがままであり、まさに僕の実生活は、マルクスが「労働は8時間でよろしい。そして、8時間は、自らのために勉強せよ」と喝破したようになっていない。
 この現実は、擁護するわけではないが、資本の責任だけではない。僕が、自分の8時間労働を守り切れていないことが、最大の原因である。

 さて、自分を責めるのは、ここまでにして、GAKUさんの本棚を、少しのぞいてみたい。
 

* マクラケン直子著、WordPress Japan監修『WordPress標準ガイドブック』(毎日コミュニケーションズ、9月刊)

 今のところ、興味があるのは、Wikiなので、これはいらない(^_^;

* 片田珠美『薬でうつは治るのか?』(洋泉社新書y、9月刊)

* 熊野純彦『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書、9月刊)

* 橘木俊詔『格差社会 何が問題か』(岩波新書、9月刊)

 などは、とても興味がそそられる。
 特に、『西洋哲学史 近代から現代へ』は、帯を見ないと推測はできないが、現代を見すえて上で、法制史的にも興味がある。しかも、新書だというのだから、ぜひ、帯を見て、推測通りであれば買いに行こうと思う。
 つづく『格差社会 何が問題か』は、どういう切り口で、格差社会を論じているのか、ぜひ知りたい。ありきたりのものでは面白くないので、格差社会の「問題性」のその「問題」をどう論じているのか、非常に興味がそそられる。

* 宮下誠『20世紀音楽 クラシックの運命』(光文社新書、9月刊)

* 都留重人『近代経済学の群像』(岩波現代文庫、9月刊)

* 都留重人『現代経済学の群像』(岩波現代文庫、9月刊)

* 吉田敏浩『反空爆の思想』(NHKbooks、8月刊)

 クラシック、、、これは僕の天敵である。なにせ、すぐに眠たくなるのだから、どうしようもない(^_^; クラシックという言葉を聞くと、自分の教養のなさに、ほんとに情けなくなる。ちなみに、義兄は、大学時代の先輩でオーケストラ部、ホルンをやっていた。サークルボックスの前で、練習している義兄を見ると、うらやましいやら、悔しいやらという気持ちだったのだが、今にして思えば、まさか義兄になるなんてというところ。
 都留先生の論文は、学生時代に、何本か読んだことがある。懐かしい。そして、その下に『反空爆の思想』という本。これはそそられる。ぜひ、手に取ってみたい。

* 大島正二『漢字伝来』(岩波新書、8月刊)

* 稲葉振一郎・立岩真也『所有と国家のゆくえ』(NHKbooks、8月刊)

* 加賀乙彦『悪魔のささやき』(集英社新書、8月刊)

* トルーマン・カポーティ『冷血』(新潮文庫、7月刊)

* R・P・ファインマン、S・ワインバーグ『素粒子と物理法則―究極の物理法則を求めて』(ちくま学芸文庫、6月刊)

 また、岩波新書から『漢字伝来』という本も、面白そうである。安倍氏は、盛んに日本固有のとか気にしているが、そういう意味では、タイムリーで、筆者もナショナリズムとの関連で明確でなくても、意識しているのではないかと思うと、読んでみたいとそそられる。つぎの『所有と国家のゆくえ』なんて、題名だけで、大脳に刺激が走る。
 ファインマンの「究極の物理法則を求めて」なんていうのも、とてもいいサブタイトルだ。最近、岩波の本が置いてあるような大きな本屋には行ってないのだが、行かないといけないなとホント反省する。日常の生活だけに埋没してしまうと、脳が腐るし、進歩がない。

* ジェームズ・D・ワトソン『DNA』上・下(講談社ブルーバックス、2005年3月刊)
* ジェームズ・D・ワトソン『二重らせん』(講談社文庫、1986年)
* 江口圭一『まぐれの日本近現代史研究』(校倉書房、2003年)←古本
* 細谷千博『両大戦間の日本外交―1914-1945』(岩波書店、1988年)←古本
* 藤原彰『日本軍事史』上・下(日本評論社、1987年)←古本
* 江口圭一『都市小ブルジョア運動史の研究』(未来社、1976年)←古本

 だいたい、ワトソンの本が、ブルーバックスから出ていたことすら、知らなかった。ゴリゴリの理科系で通していたのに。。。
 『日本軍事史』上・下(日本評論社、1987年)もたいへん興味がある。日本評論社からでているというだけで、読む価値のある本だろうと、推測できるし、続く未来社の本も。。。ただ、未来社の本は、新本でも結構いい値がするんで、欲しい本はあるんだけど、一冊も持ってない。。。

 あかん! 自らの貧しさを理由にしてはいけない。大切なことは、知識を得るという気力。明日は、時間を見つけて、ジュンク堂へ、いざ!

●ついに! 『美しい国へ』を読んだ! が(^◇^;)

 図書館で予約が続き、なかなか読めずにいた安倍氏の著書『美しい国へ』を読んだ。いや、それは嘘で、実は3割ほど読んで終わってしまっている。
 つい最近読んだ本の中で、非常に深い感銘を受けたのは、日本経済新聞社からでている『戦略の本質 戦史に学ぶ逆転のリーダーシップ』という本である。出版スタンスとしては、経営者に向けて「戦略とは何か、さらに勝利できる戦略とは」というメッセージであり、僕のような一賃金労働者のために書かれている本ではない。さらに、この本を執筆したメンバーをみると、防衛大学校の研究者グループの執筆であり、スタンスとしては、戦争に負けないための戦略の立て方という観点に立っている。絶対平和主義の僕からすると、やはり違和感を感じざる得ない。
 しかし、ハードカバーの400ページ近くあるこの大著は、読みきるのに2日ほどかかった。たぶん、一日中ヒマだったらすぐに読んでしまっていただろう。それぐらい、非常に読みごたえがあった。
 この本は、過去の戦争からの教訓を「勝利の戦略」としてまとめているのであるが、すごいのは、その研究スタンスである。僕的に表現すると、勝てる戦争を分析しても何の教訓も得られない、負けると思われた戦争に勝った、つまり逆転した戦争の戦略を分析することで、「勝利する戦略」を学ぶというスタンスである。そうしたスタイルで、すべての論文に綿密な分析がなされている。まさに、逆転劇の壮快さと逆転に持っていくための戦略の持つ重要性が、無駄な言葉一つもなくつまっているのだ。
 話がそれてしまったが、『戦略の本質』は、防衛大学校の研究者が日本がこれから戦争があったときのために、戦略を研究した論文の集大成であって、僕からすると、「敵ながらアッパレ」という気分になった。。。のだが、安倍氏の本はいただけない。
 何がいただけないか。まず、思想がない。熱い思いが伝わってこない、彼の気持ちがまったく伝わってこないのだ。あるのは、安倍晋太郎はこういっただとか祖父はこうだったとか、あるいは○○大学の教授はだとか、他人に代弁させているばかりで、きわめて退屈である。
 次に、自分の考えを自分の言葉で語ることができないからであろうが、きわめて表面的でまったく本質にまで行き着いていない。何がいいたいのかわからないから、退屈である。言葉上では、はっきりとした態度をなどというが、内容がついてきていない。
 一つの例をあげると、最初にリベラルとはという説明から始まるのだが、彼自身リベラルという言葉を本当に理解しているのだろうか。アメリカではリベラルとはこういう意味で、ヨーロッパではこうこうで、日本ではこうなんだ、それぞれ意味が違っているんだと違いを説明しているだけに終わっている。しかし、重要なことは、リベラルという言葉の「本質」である。
 安倍氏は、著書16頁(本文1頁目)「『リベラル』とはどんな言葉か」で、「よく『リベラル』(自由主義的)という言葉が使われる」と、リベラル=自由主義として、この著書を書き始めているのだが、これはいったいどうなんだろうか。
 結論を先に言うと、リベラル=自由主義ではないだろう。たとえば、ウーマンリブという言葉、漢字で書くと女性解放に当てはまるが、この「リブ」というのは、リベラルの名詞形liberationのリブである。また、リベラルの動詞形であるliberateには、当然「~を自由にする」という意味もあるが、「~を解放する」という意味もある。
 安倍氏は、著書『美しい国へ』で、「ヨーロッパとアメリカでは、受けとり方が大きく違う」(16頁)と断言しているが、大きく違うと感じているのは、安倍氏であって、本質からすると、何も変わらない。安倍氏が言うように、たしかにアメリカ合州国の歴史には封建制時代がなかったが、独立戦争によって、自由を勝ち取っている。それは、安倍氏が著書で「王権に対して、市民が血を流しながら自由の権利を獲得し、民主主義の制度をつくりあげてきた」歴史と全く変わりはない。
 つまり、リベラルという言葉は、安倍氏が思っているような「自由主義」という言葉では全くない。むしろ、「解放的な」とか「進歩的な」という言葉の方が意味合いとしては、ふさわしいのではないだろうか
 安倍氏のこうした独りよがり的な偏見は、最初のページから延々と続く。飽きないはずはない(と、読み切れなかった自分に弁解する。。。)。何しろ、つっこみどころ満載なのだ。まだ、中曽根元首相が、戦争から帰ってきて書いた「若い兵士たちのために慰安所をつくった」という本の方が、中曽根という人物がよく理解できて良かった。
 ただ、はじめにいったように、重箱を隅をつついているわけではない。基本的に、「権威」を前面に押し出して、その「権威」が代弁している形式が、この本をよけいにくだらなくさせている。小泉政権は、「小泉劇場」と揶揄されたが、安倍政権は、劇にもならない。台本にならない。どうしようもないとしかいいようがない。
 ただ、問題であるのは、田中真紀子がいうように「線香花火」のように終わるなどと楽観はできない。こうした安倍のような人物が、首相になることが、庶民の生活を脅かす。短命政権だとか、取り巻きの悪さで自滅だとかという「批判」は、批判に値しない。むしろ、安倍政権を続けさせる台詞である。
 良心的な庶民は、この安倍政権の正体を周りに知らせ、一刻も早く、まともな思想、哲学を持った、庶民の味方となる首相を誕生させないといけないのではないだろうか。

2006年09月17日

●今月の雑誌『論座』

sinunohaabeka.jpg 反米嫌日戦線「狼」とこのエントリー「買わなくてもわかる安倍晋三著「美しい国」の醜さ」で、月刊『論座』11月号の紹介があった。
 そこで、阿倍サンのちょしょ『美しい国』について、作家の高村薫、文化人類学者の船曳建夫、京大人文科学研究所所員の中島岳志、精神科医の香山リカの4氏が、対談しているらしい。
 反米嫌日戦線「狼」さんが、分かりやすくまとめてくれているのだが、
 「『自分は開かれた保守』だと政治信条を表明しておきながら、『わたしにとって保守というのは、イデオロギーではなく、日本および日本人について考える姿勢のことだ』と表明する。自分の『保守』はイデオロギーでないと言うのは自分は政治家でないと言うのに等しい。」
 という一節は、名文だろう。
 阿倍サンが「保守」を誇りにしながらも、しかし、その「保守」がイデオロギー=思想でないのであれば、それはきわめて漠然とした曖昧なものである。さらに、その彼(阿倍)の言う「保守」が単なる「姿勢」だとすると、政治で保守を語る資格など全くない。単なる「資格」で国の唯一で最高の行政機関の長になってほしくない。
 逆に言うと、イデオロギー=思想なき指導者というのは、非常に怖い。何をしでかすか分からないからだ。しかも、それが、「姿勢」などという曖昧模糊としたものであればなおさらである。一本筋が通った思想の持ち主であれば、選挙民も他国民も動きを予測し、対応できるというものの、思想がないというのは、どうしたものか。
 ぜひ、この対談は、英訳にして、海外にばらまいて、アジアや欧米の良識人の目に触れさせたい。
 と、その前に、『論座』10月号を買わないと(^◇^;) で、阿倍サンの『美しい国』とやらのちょさくも図書館かどこかで借りて読まないと。。。 反米嫌日戦線「狼」のおかげで、次期首相のありがたいちょさくを読む気がしてきた。感謝(^_^;

2006年08月27日

●戦争を売り物にする政治家

 『文藝春秋』9月号は、おもしろい。特別定価760円なのだが、その価値は十分にあるのではないだろうか。
 まず、「昭和天皇『靖国メモ』 未公開部分の核心」という記事。ふたつめに、「中国が仕掛ける遊就館戦争」はつっこみどころ満載。また、「保阪正康連続対談 昭和の戦争 七つの真実」も読みごたえあり。そして、4つめに、「『闘う政治家』宣言 この国のために命を捨てる」という安部晋三氏のインタビューである。
 といっても、先の3つの記事からすると、内容がなくまったく薄っぺらなものである。しかし、このような内実がまったくなく極めてイデオロギッシュなことしかいえない人物が首相になるかもしれないというところは非常に面白みがある。『文藝春秋』9月号の「編集だより」にも、このインタビューを読んで「読者の皆さんは若き総裁候補の宰相の器をどう量るでしょう」と、なんとも歯切れの悪い言葉で結んでいる、
 さて、このインタビューの中で、安部サンは決意主義的に「国民を守るために命をかける」と吠えているのであるが、本当に国益や国民を「命をかけて」守りたいのであれば、国際協調、とりわけアジアにおける各国との協調をはかるべきではないのか。
 インタビューでは、

「(北朝鮮が)日本に向けてノドンを数発発射し,万が一,それが日本本土に着弾するようなことになれば,日米同盟に基づいて米軍が報復します。F16戦闘機から,あるいはイージス艦から,命中精度の高い巡航ミサイルが,イラクでフセイン以下の要人を狙ったときと同じように,金正日委員長にピンポイント攻撃をおこなうはずです」『文藝春秋』9月号106頁

 といっている。
 北朝鮮からロケットが飛んできたとき,本当に,米軍が出動すると考えているのかというあまりにも酷い政治センスのなさはともかく,重要なことは,以前のエントリーにも書いたように,日本に暮らす人々の安全などまったく考えていないということが現れている点である。
 本当に,「命をかけて」国や人々を守るつもりがあるなら,米軍の報復など頼らずに,命がけで”ロケットが飛んでこない”ような外交努力をすべきではないのか。
 そういう外交努力もせずに,むしろ挑発し,「ロケットが着弾すれば,,,」などというのは,無責任であるし,日本で生活する人々の生活や生命を第一に考えていない証拠である。
 いずれにせよ,『日刊ゲンダイ』紙が指摘するまでもなく,「首相の器」どころか,平和な暮らしを望む庶民からすると,非常に危険な政治家であることは間違いなさそうである。

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2004年11月26日

●なるほど「靖国神社」問題

 Googleで「靖国墓地」と検索していると、いくつかのサイトが目にとまった。

 
▼井手よしひろの意見主張「靖国参拝問題への見解」

………………………………………………………………
 このサイトは、公明党茨城県議の井手さんという方のサイトで、その中で、靖国参拝問題への見解という題で、みずからの見解を述べておられる。
 靖国神社の問題点を、つぎの2点において、整理している。
 ひとつは、歴史的背景において。
 ・神社参拝の様式の問題性
 ・軍事的色彩の強い宗教施設
 ・A級戦犯合祀問題 ・
 ・日本が侵略した対アジア、中国にたいする考慮
 ・当時、日本が植民地化していた朝鮮人兵や台湾人兵にたいする差別の問題
  など
 ふたつに、憲法にたいする違憲性
 ・「信教の自由」への抵触
  など
 とても読みがいのある、いい見解でした。こういう調子で、小泉政治へ批判していただきたいものです。ダメですかねえ、公明党さん(^_^;

 
▼靖国公式参拝と「死んだらみんな仏様」発言(01/07/28)

………………………………………………………………………
 大阪大学大学院文学部の中村生雄さんのサイト。
 3年も前に、小泉首相が「死んだらみんな仏様」発言をしていたのは、やはり恥ずかしい。閣僚だけじゃなくて、その閣僚を選んだ、首相も恥ずかしいレベルの人なんだなあとあらためて感じた次第。
 いや、勉強になったのは、そんな恥ずかしい事例ではなくて、やはり「英霊」になるということと「仏様」になるということは、まったく違うということを再認識した。とても勉強になりました。


▼用語解説「靖国神社」

……………………………
 松山大学法学部の田村さんが、まとめておられるサイト。
 膨大な資料にまず圧倒されます。しかし、とても貴重な資料だと思います。感謝。

※おまけ:英語では、靖国神社は、War shrine(戦争神社)と訳すそうです。非常に的確で、とても、わかりやすい訳です。
 

2004年04月18日

●風鶏爺さん、そこまでしゃべるか

 小泉君は、よ~やっとるな~。えらいもんじゃ。ワシは誰かって? 北関東に隠棲する隠居じゃよ。さっき余丁町の隠居がなんか書いてくれとぺこぺこ頭を下げてきたんで、ま~ワシも暇だし、余丁町のブログに書いてやることにした。お礼にカキをくれるというしな。え~っと、なんの話をするんだっけ。そうそう小泉君の話じゃ。こんどのイラクの人質騒ぎ、見事な対応じゃないか。感心したよ。昔ワシがメリケンから持ち帰って彼にやった「危機管理マニュアル」を忠実に守って居るおかげじゃ。どんなマニュアルだって? それは極秘じゃ。でも余丁町の頼みだからさわりだけ教えてやるね。

 風鶏爺さんの「危機管理マニュアル」すごい。小泉首相じゃないが、「感動した!」です。
 でも、もっとすごいのは、こんなアケスケな内容を、風鶏爺さんに語らせた余丁町散人さんだと思います。いやはや、面白、、いやもとい勉強になりました(^_^;)
 この記事を見ている方へ。余丁町散人さんのブログで、ぜひ、「危機管理マニュアル」読んでみてくださいね。

2004年02月12日

●日本の交差点文化

 エドワード・ホールというアメリカの人類学者が、日本人の思考方法を書いているのを読んだ。なかなか面白い。
 曰く、日本人というのは、ある目的まで行くのに「点」をつないで行くというのだ。交差点に名前を付け、その点を追って目的地に行く。
 ところが、西欧では、道に名前を付け、その「線」をつないで目的地までたどり着くという。
 第2次大戦後、占領軍が日本を支配した時、道に名前が無いので、目的地まで行くのに困ったらしい。そこで、占領軍は、主要な道路に、名前を付けたそうなのだが、占領終了後、新政府は、その道路の名前を早々と取ったらしい。
 筆者は、日本人は、結論までたどり着くための道筋をあまり重要に考えてないという。むしろ、ある結論をいうために、まわりクドイ言い方をする。イライラしたければ、古いタイプの日本人と話しをすればイイという言葉もあるらしい(^_^;) ちなみに、筆者は、日本人を批判しているワケではない。むしろ、欧米人とは異なる文化を持つということを尊重すべきというコンテクストの中で述べられている。
 さて、ブログを立ち上げて、僕のエントリに対するコメントを読んでいると、なるほどと思えることがある。
 例えば、「高校生の署名の請願書を小泉首相が読まなかったことは、非常識で恥ずかしい」というエントリに対して、いきなり何の説明もなく、「左翼的思考→汚染」という。まず、僕のエントリの内容から、どうしてそんな感想が出てきたのか。また、請願書のどの箇所をどのように読んで、「左翼的思考」だと思ったのかという「道」がまったくないのだ。あるのは、「左翼的思考」という「点」だけ。そして、そこから、いきなり「汚染」という「点」まで結論が跳ぶのである。さっぱり、ワケが分らない。
 これが、欧米の人が、イライラする古いタイプの日本人の思考ということなのだろう。
 さて、ここに紹介した論文は、この項の最後を次のように締めくくっている。
 道路の名前を取り去った後、日本人は、道路に名前があることの便利さに気付いて、再び名前を付けた。日本人の優秀なのは、イイと思えば、すぐに自分たちのやり方を変えて、取り入れることであると。

2004年01月16日

●『ネクタイの数学』


 職場で、手にネクタイを持った、若い学生らしい男性から声をかけられた。
 「あの~、ネクタイの結び方教えてもらえませんか。」
 僕は、こころよく教えたのだが、彼は、手にネクタイを持ったままで、いっこうに結び始めようとしない。仕方がないので、僕が結んであげることにした。
 彼は、まったく恥ずかしいそぶりも見せずに、中を見上げ、覚えるそぶりも見せずに、僕になされるがまま。こっちが恥ずかしい(^_^;)
 最後に、「ありがとうございました」と、喜んでお礼を言ってくれたが、僕は、思わず苦笑してしまった。

 ということで、フレッシュマン諸君! お気に入りの本を紹介しよう。
 『ネクタイの数学 男性の首に一枚の布を結ぶ85の方法』(トマス・フィンク ヨン・マオ著)新潮OH!文庫発行
 である。
 この本のおすすめは、
〈1〉「ケンブリッジのダンディな物理学者」が、ネクタイの結び目理論から、可能な限りのネクタイの結び方を紹介している点にある。僕は、トポロジーだとか結び目理論だとかいわれても、よく分からない(^◇^;)のだが、ネクタイの結び方に、科学的に85しか結び方がないという結論は、とても興味をそそられた。
〈2〉また、数学的な結び方の探求のみならず、ネクタイの歴史を紹介してくれていて、これまたとても面白いものであった。
〈3〉85の結び方は、あくまで数学的なものであって、実用的でないものもある。そこで、筆者は、13の結び方を奨励してくれている。また、それぞれの結び方の由来やエピソードなども紹介してくれている。ネクタイのウンチク、トリビアになるのではないだろうか。話のネタにもなる。
 オーソドックスなものから、襟の形に合わせた結び方、人とはちょっと違う特徴的なものまで、ネクタイの結び方一つで、結構楽しめる。
 興味のある方は、どうぞ(^o^)

2003年12月05日

●「非核のカレンダー」を買おう

 奈良市の主婦、木村宥子(ゆうこ)さん(62)が毎年製作してきた「非核のカレンダー」の来年用の売れ行きが不振で、製作を開始して9年目で初めて大量に売れ残る可能性が出ている。例年はほぼ完売していたが、今年は約700部の3分の1程度しか売れていない。木村さんは「今年はイラク戦争などがあったのに。衆院選でも改悪を容認する党派が勝ち、非核と平和に対する無力感が広がっているのでしょうか」と危機感を募らせている。
 木村さんは原爆投下直後の広島に入り、爆心位置の測定調査などを行った原子物理学者、木村一治(もとはる)・東北大名誉教授(故人)の長女。「自分にふさわしい平和運動を」と、95年から翌年用カレンダー作りを始めた。被爆者、ノーベル平和賞受賞者らの平和に関する言葉をカリグラフ(文字装飾)を施した日英2カ国語でちりばめている。核と戦争を巡る年表や資料、憲法9条の英訳も付けている。
 開始時は60部だったが、口コミやインターネットなどで全国から注文が来るようになった。ここ数年は600~700部を製作し、03年用の約800部は昨年中にほぼ完売した。しかし、今年は12月に入っても売れ行きが悪く、例年買っていた人からも、なかなか注文が来ない。このままでは50万円以上の赤字になり、今後の製作が難しいかもしれないという。
 カレンダーは1部900円(送料別)。問い合わせは、木村さん(0742・71・1827、yuko@fm2.seikyou.ne.jp)。【中野彩子】(毎日新聞)

 ということで、さっそく問い合わせて、買いたいと思います。(ちょうどカレンダーを買おうと思ってたのでよかった(*^_^*))

2003年11月28日

●稲作の歴史を勉強する

稲作の伝来から、農機具・育成管理の移り変わりと社会との関係、新品種開発、中型機械・化学肥料の登場、環境保全型農業の目的まで
 稲作や畜産、食品加工などの発達の歴史が、学べます。  勉強になりました(*^_^*)
2003年09月27日

●大企業から献金を受ける方法

 日本の大企業の団体、日本経団連が、10年ぶりに政党への献金を再開するらしい。
 いや、日本経団連いわく「献金の再開」ではなくて、献金するさいの「評価」を決めるのだという。
 まあ、日本語のお勉強はおいておいて、その「評価」=10項目の「優先政策事項」が発表されたそう。この基準にあっている政党に献金がなされるのだ。
 ジャーン。
 その第1基準は、「消費税率を引き上げ、最終的に16%とする政策」を掲げること。これを第1の公約にすれば、大企業から献金を受けて政党を作れるのです。
 第2に、「公的年金の給付を04年度から5%引き下げ、11年度には15%の引き下げ」ることなのです。

 さて、わたくしですが、しがない給与生活者なので、いまより消費税を上げられれば、たちまち生活がしんどくなります。また、年金の給付が下げられれば、親の生活が大変になり、その援助ということになれば、わが生活が苦しくなります。
 したがいまして、日本経団連から献金を受けるような政党を作るのはやめておきます(汗

『日刊ゲンダイ』9月27日号

2003年09月23日

●ついに! ビッグイシュー買いました!

 ついにThe Big Issue Japan(ビッグイシュー日本版)を買いました!
 ホームレスの人からしか買えず、その収益金がホームレスの人たちの生活費になるというストリートマガジン。

 なぜ、この雑誌がほしかったかというと、
 僕は、大の運動好き、プロジェクト好きの人間なんで、「ホームレスの人たちの仕事をつくる雑誌ができる」というだけで、まず手に入れたかったんです。ほとんど、これだけσ(^◇^;) 
 そんな感じなので、販売員さんを見たときは、すでに財布に手を伸ばしてたくらいです((^_^;)

 しかし、読んでみて驚いたのは、記事内容の良さ。「ホームレスの人たちの生活支援」云々というのを抜きにしても、読み応えばっちり。200円以上の価値はあります。
 是非とも、街中でホームレスの販売員さんを見かけたら、買ってみてください。

 INTERNATIONALのところでは、世界中の『ビッグイシュー』の活動などを紹介していて、とても興味深く読みました。
 また、REAL LIFEの特集でのフリーター特集。若者の仕事不足の問題、あるいは、生き方の問題などがインタビューやデータとしてまとめられていて、分かりやすかったです。
 FILMでは、映画『セクレタリー』の主演女優マギー・ギレンホールの魅力的な紹介がされていて、おもわず「映画を見よう」と思っちゃいました。

 そんなこんなで、機会があれば、是非買ってみてください。 

2003年09月17日

●年間2億6千万の会議費用

9月12日に公表された02年版政治収支報告書によると、自民党の「会議および食糧費」は2億3666万円ということらしい。で、自民党のセンセイ方の会合といえば、高級料亭というイメージがあるが、その内訳は。
料亭では、赤坂の「金龍」がトップ。1年間の支払いが、なんと1700万円となっている。通常国会の予算審議が行われる2月が530万円、12月が435万円という支払い額。
 紀尾井町の料亭「福田家」は年末だけで250万円。「吉兆」も10月以降70万円を超える支払いがあった。ほかには向島の「波村」、永田町の「瓢亭」や「山の茶屋」などが多く使われているとのこと。
 しかし、年間2億6千万もの「会議および食糧費」が、税金から支出されている政党助成金151億から出されていると思うと、、、、。