●中国製“農薬ぎょうざ”事件について思う
中国でつくられたギョウザを食べ、中毒で人が倒れるという、あってはならない事件が起きた。被害を受けた人は、一口食べて「苦い」と感じ、その後に嘔吐、気絶したというのだから、かなりの高濃度で含まれていたのだろう。
さて、この“農薬ぎょうざ事件”問題の本質は、どこにあるのか。僕は、「中国製が問題である」というのは、本質を見誤る論点の立て方であると思う。重要なことは、日本における食料自給率の低さと長期にわたる不況および、そこからくる生活難が問題であると考える。
まず、食料自給率の低さ。日本の現在の食料自給率は、今、39パーセントである。主食用穀物ですら60%しかない。つまり、主食も含め、ほとんど、輸入に頼っている現実がある。極端に言えば、世界中から“有毒食品”が日本に集中してもおかしくない。具体的には、中国産が非常に話題に上げられるが、僕は米国産の農作物および加工品もかなり危ないのではないかと思っている。それは、ひとつに農薬の問題、ふたつに遺伝子組み換え作物の問題である。
輸入が増えれば増えるほど、さらに生産者と消費者の距離が離れれば離れるほど、安全でない食品が、僕たちの口に入る可能性が高くなる。
あえて言うと、国内産が安全であるとは決して思っていない。たとえば、ミートホープ事件に見られるように、偽装のみならず腐臭のする肉には消毒薬を混入して、食品メーカーに卸していたという事実がある。国内産であるミートホープの肉加工品にも不健康な薬品が意図的に混入されていたのである。そう考えると、「問題は○○産である」という言い方では本質を見誤るのではないかと思うのだ。ただ、自国産、自国加工品であれば、生産者と消費者の地理的距離のみならず、心理的距離が近くなることにより、リスクが軽減されると思う。基本的には、地元で生産されたものを地元で食べることが、安心で安全、しかもおいしく栄養豊かなのではないかと思う。
次に、不況および生活費の切りつめの問題である。これは、大変深刻であると思う。
僕自身、給与が低いため、昼食費を切りつめるために、カップラーメンやマクドナルドに頼ることが多い。これで、ほぼ昼食費は1回300円くらいに抑えることができる。
毎日、ほぼカップ麺かマックでは、“体に悪いな”とは思っている。ただ、麺類は大好きなので良いのだが、マックは正直あまり好きではない。しかし、クーポン券を使えば、300円でそれなりにお腹を満たすことができるというのは、非常に魅力的なのだ。同様に、夜の食材も安いものを“探して”買う。やはり、中国産や米国産がほとんどになる。表示には「遺伝子組み換え作物は使っておりません」とあるが、基本的には、信頼していない。病気に強く、収穫量も多い「遺伝子組み換え作物」を使わないという保証があるのだろうか。しかも、輸出用となればなおさらである。
さて、1日300円の昼食費が600円になればどうなるか。1ヶ月の昼食費は1万円から2万円に上がる。これは僕の手取りの10パーセントに相当する。まずありえない。昼食費が、手取りの1割を占めれば、生活は破綻するだろう。
ミートホープにしても、赤福、船場吉兆にせよ、たしかに経営者のモラルの問題は極めて大きい。しかし、こうした生命に関わる問題は、食品だけのことではない。姉歯事件にしても、建築費を安く上げるために偽装する。高速道路の強度偽装にしても同じ。問題は、長期にわたる不況の中、儲けを最優先して、人に命や安全が軽視あるいは後景化していることにあるのでないだろうか。
中国の安価な労働力を使い、安い農作物や工業品を輸入する。こうしたあり方を転換すべき時なのではないかと思う。それは、まず政治が方向性をつけていかなければならないだろう。
ひとつに、国内における農林水産業の保護をしないといけないのではないか。単なるバラまきではない。しっかりと、仕事としてなりたつように市場をつくっていくことが重要であると考える。ふたつに、安心で安全なものを食べることができるよう、国内外の生産物の検査が重要である。小泉政権は、規制緩和を急激に推し進めた。この結果、堀江ライブドアや村上ファンドのように、緩和された規制を利用し、金さえ儲ければいいという企業を生み出した。規制緩和政策とは、犯罪を未然に予防するという観点にない。逆に、規制を緩和することによって、様々な業種を生み出し、それが犯罪であれば取り締まるという考え方である。
しかし、食品や医薬品において、問題が起こってから対処するというのでは、今回のギョウザ事件を見ても分かるように遅すぎる。食品や医薬品など、人の健康や命に関わる問題では、規制を緩和するのではなく、規制を厳しくしていくべきであろう。
3つめに、景気の問題、生活費の問題である。累進課税制度が緩やかになり、消費税が5%(近い将来、かならず大幅にあがるだろう)というのでは、庶民は生きていけない。月収20万で生活する人間が5%=1万円をとられて、残り19万円で生活していかなければならないということと、月収100万で生活する人間が5%=5万円とられて95万で一ヶ月生きていくのでは、同じ5%徴収でもまったく違う。月収20万で生活する人間の1万円は、月収100万で生活する人間の5万とは比べものにならないくらい大きい。
派遣労働者やパート労働者に対しては無条件に保護すべきである。また、累進課税も厳しくし、稼いでいる人からはそれなりに税金を徴収し、ギリギリの生活をしている人間から税金を取ることはやめるべきである。これは、日本国憲法に保障された生活権の問題である。人間らしく生きていく権利である。ひとり親方として建設業を営んでいる僕の友人は、仕事がないときはカップ麺だけで1日を過ごすという。そして、それではあまりにも不健康なので、公園で食べることのできる雑草をつんできて、カップ麺にいれて食べる。はたしてこれが、健康で文化的な生活といえるのか。
政治は、もっともっとまじめに働く庶民を大切にすべきである。本当に、健康で文化的な生活を営めるよう、政治家が庶民に向いて政治を行ってくれれば、安い粗悪なものを食べなくてすむのである。僕は、民主党支持者ではないが、民主党が掲げる“政治は生活である”というスローガンは全く正しいと思う。
庶民のための政治を目指す政党が政権を取ることを心から願う。


