●耳の不自由な人間は落語を聞いちゃいけないのか?
落語とは、なんとすごい芸なんだろうかと、昨今の落語ブームの中で、よく考える。
着物を着たひとりの人が、小さい机の前で正座し、話をするだけなのに、それが人間の喜びやおかしさ、悲しさなどを表現し、聞き手の中で大きくふくらませるのだから、本当におどろくべき芸である。
たしかに、ほとんど動きもなく、派手さもない落語は、テレビの普及の中で一時漫才やコントにその活躍の場を失われつつあった。とくに大阪では、東京と違い、落語にふれる場というのは、急速に奪われていったと思う。しかし、大阪でも、ドラマ『タイガーアンドドラゴン』のヒットや天満宮の繁盛亭の落成によって確実に落語が大きな娯楽へと成長しつつある。

そうした落語復権のなか、三笑亭夢之助という落語家が、島根県安来市主催の敬老会での独演会で、自分の落語を手話通訳している人に対し、
「落語は話し言葉でするもので、手話に変えられるものではない」
「この会場は聞こえる方が大半ですよね。手話の方がおられると気が散りますし、皆さんも散りますよね」
といい、手話通訳者を舞台からおろしたというのだから、とんでもない差別事象である。
まず、第一に落語は話し言葉なので手話に変えられないとは、なんという傲慢さであろうか。たとえば、自分が年をとって、あるいは病気などで耳が不自由になったときのことを想像してみるといい。知りたいと思っている人間に対し、「いや、これは話し言葉だから良いのであって、手話で表現できない。だからあなたにはムリなのだ」といわれたら、どうだろうか。暗澹たる気持ちになる。
さらに、大半の人間は耳が聞こえるから手話は必要ないという表現もひどい。ひどすぎる。自分は、耳も聞こえる“多数者”であるからこういう人を傷つける発言ができるのであろう。“少数者”は排除していいのだろうか。こういう“多数者”意識というのは、どうすれば持つことができるのだろうか。きわめて疑問に感じる。しかも、この場は敬老会であり、耳の不自由な人も多いはずであり、いろいろな意味で人生の先輩に対して、配慮すべき場であるはずなのだ。
また、最悪なのは、こうした自分の差別意識を落語を楽しみにきた客に押しつけ、同意を求めている点である。差別の煽動である。絶対に許すことができない。
芸人とは、人を楽しませるために仕事をしているのではないのだろうか。それなのに、耳の聞こえない人を排除し、それを客に押しつけ、いやな思いをさせるとは、すでに芸人ではない。当然のことであるが、「手話通訳がつくので夢之助さんの落語を楽しめると期待していたのに」という耳の不自由な人もいたという。『毎日新聞』(10月31日付)
この夢之助という人は、落語をどう考えているのだろうか。耳の不自由な人には必要のない、“健常者”だけが楽しめばよい娯楽だとおもっているのだろうか。あるいは、手話通訳者がいるだけで、落語がやりにくいほど夢之助という落語家は噺が下手なのか。手話通訳を通じて、自分の噺が面白いと感じる耳の不自由な人をファンにさせようという気持ちはまったくなかったのか。
いずれにせよ、こんな人は、芸人であると僕は、絶対に認めたくはない。
なお、昨年、この安来市主催の敬老会には、宮川大助・花子さんを招き、漫才を披露したそうである。そのとき、花子さんは手話通訳者に「ありがとう」といったそうである。宮川花子さんがどういう意味で手話通訳者に感謝の意をのべたのかは分からないが、僕がもし芸人だったとすると、やはり“自分の芸を耳の不自由な人にも分かるように伝えてくれてありがとう”と思うだろう。
※なお、「くまさんの自立」さんのブログで、三笑亭夢之助という人物の品性が語られている。



コメント
TVで放映された夢の助へのインタビュー
事前に知らされずに横で手話通訳者がいたので「後ろでやってもらえませんか」
と申し出たら、市の係りの人が駆けつけ、演壇の下に連れて行ったそうだ。
その際夢之助は「落語は1人称、三人称でやるので大変ですが、
お互い頑張りましょう」と声をかけた。
これは日テレのニュース。
本人の、電話の声を流していた。結構立腹した感じで話していたとのこと。
この件に関しては、通訳、団体、朝日の間で間違った形で伝わって行った可能性も高いです。
最初は夢之助が悪いとしていた市も、後日市長がわざわざ落語協会に出向いて謝罪をしています。
Posted by: もう一方の見方 | 2007年11月02日 13:51
もう一方の見方さん、コメントどうも。
世の中に起こる出来事には、少なからず、見方によっては正反対に見えることがあるものです。
しかし、夢之助という人がどのように発言したか(意図はべつですよ)というのは、見方の問題ではないですよね。
彼が実際にどう発言したか、事実は一つです。見方の問題ではありません。彼の釈明ではなく、事実として何と言ったのか、もし知っておられたらおしえていただけますか?
その上で、“もう一方の見方”さん、あなたが引用しているのは、夢之助という本人の釈明であって、その場でどのように発言したかという事実ではありません。とてもではありませんが、本人の釈明など、信用できるものではありません。
また、さらにいえば、問題は、夢之助という人が“自分はそういうつもりで言ったのではない”というのが仮に万にひとつ事実であっても、この敬老会にいた3人の耳の不自由な方たちは少なからずショックを受けているわけですから、夢之助という人間が潔白なはずはないでしょう。
なお、蛇足ですが、“朝日”とはなんでしょう? 新聞社の名前ですか? 僕は、「毎日新聞」を引用しており、その旨も記事に書いてありますが、“朝日”とやらと僕の記事とは、どういう関係があるのでしょうか。これまた、ご教授いただければ幸いです。
Posted by: GK68 | 2007年11月03日 02:01
この記事(TBしておきました)、わたしは最初TBSラジオニュースで知って、すぐ検索したのだが新聞社の記事は速攻で消されていましたね。2チャンネルしかヒットしなかった。
記事で見る限り、夢之助の発言はかなり意識的、観客を味方に付けて、聾唖者と通訳を排斥している。万が一夢の助の発言がなかった、とか、聾唖者などいなかった。。というのが事実であれば報道、ってなんなの?ということになりますね。すでにTBSや新聞により読者視聴者には広まったのだから、逆に夢の助は名誉毀損で報道を訴えるか謝罪を求めるべきじゃないのか?
Posted by: 古井戸 | 2007年12月28日 16:35