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2007年09月04日

●少しは暮らし本位の政治を志すか

 国民の生活を無視し続け、安心や豊さのカケラにもならない「美しい国」やら「憲法改正」などにこだわり続けてきた我が安倍首相。
 参院選での自民党大敗北という結果を受けて、ようやく“政治”をやろうとしているらしい。
 発展めざましいインドに赴き、インド国会で官僚の作文を、例のかん高い声で朗読したようだ。
 日本国の優秀な官僚は、首相演説の原稿に“拍手を待つ間”を入れてくれた。安倍首相は、官僚の配慮に感謝しつつ、原稿通りに拍手を待つ“間”を朗読中に入れるも、間を入れるだけ拍手はなかったようだ。『毎日新聞』(8月23日)
 我が安倍首相は、「自分の朗読はインド国会議員に大きな支持を得た。だから、インドとの外交を進めていくのは使命である」と思っているかもしれない。
 しかし、政治というのは理念やイデオロギーだけでおこなわれるものではない。理念の正しさが必要であることは当然のことながら、反対意見などを受け入れ、その上で政策を推し進めていく力が必要である。また、同時にそうしたリーダーシップが発揮できるのは、政治責任がとれる人物に限られる。責任のとれない人間の言うことなど信用はできない。「言うは易し」なのだ。
 安倍首相は、与党敗北の責任をとらず、今なお涼しい顔をして権力のイスにしがみついているが、インド国会議員にしてみれば、そんな責任義務を果たすことができない人物の朗読など聞くに値しないだろう。
 安倍首相と、安倍を党総裁として奉り続ける自民党が、どれだけ存在し続けるかが、日本の民主主義度をはかる格好のバロメーターになるだろう。

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