●格差の有無の論議などおとぎ話のように生ぬるい
毎週買っているわけではないが、ときどき買う雑誌に『週刊アスキー』がある。
その8月14日号の神足祐司氏のコラム「Scene2007」に
“格差社会の有無なんて、おとぎ話みたいに生ぬるい。実際には何百万という若者が、生活を続けられるかどうかの瀬戸際にある。ネットカフェ難民。ワンコールワーカー。ある労働者団体の幹部は「トラックの荷台がケータイに、木賃宿がネットカフェに変わっただけ」と言った。それでも、昔の口入れヤクザは1割しかハネなかったと。今の派遣は5割ハネられる。”
格差があるかないか、広がっているかどうかという議論が未だにある。神足氏は、“生活続けられるかどうかの瀬戸際”の若者が存在している中では、格差社会があるかないかの論議など、まるでおとぎ話のように生ぬるい話だと弾劾している。
まったくその通りだろう。年収300万の人間と年収1億の人間がいるという“格差”の問題など、すでに通りこしてしまっているのだ。今や、米国並みに貧困にあえぐ人々が出てきている。
僕は、つい数年前までフリーターだったので思うのだが、30台前半くらいであれば、なんとか食っていけると感じる。しかし、30台も後半になってくると、体力的にもきつくなり、頭脳も弱くなり新しいことへの対応もきつくなる。また、人生が70年とすると、折り返し地点でもあり、将来を考えるとやはり不安を感じる。
小泉改革によって、規制緩和が進み、労働者の“カンバン方式”ともいえる派遣労働者、非正規雇用の労働者が増えている。今、ネットカフェ難民だとかワンコールワーカーなどと呼ばれる若者が、10年後、あるいは20年後どのように暮らしているのだろうか。もちろん、自分の生活の足下も、かなり怪しげであり、こんな不安定な社会はなんとか変革しないと、ますます社会が歪んでいくように思えてならない。


