●差別する社会福祉法人
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社会福祉法人「大阪自彊館」に勤める女性が、職場で、その性別にたいする嫌がらせをうけ、契約を打ち切られたらしい。
この女性は、戸籍上は「男性」であり、なんとあろうことか、当該社会福祉法人の上司や同僚から「男か女かはっきりして欲しい」「男か女かはっきりしない人とは一緒に仕事をしたくない」「野宿者から蔑視され困る」など、他にも多数まったく許すことのできない差別言辞を吐かれている。
テレビのニュースでは、この社会福祉法人「大阪自彊館」自体が、釜ヶ崎の労働者の支援をおこなっていることから、記者会見で、彼女は、社会的弱者を支援する団体で自分への差別があることが許せないと語っていた。
全くその通りだと思う。
その上で、この「大阪自彊館」とやらのサイトで、その歴史を探ると、釜ヶ崎の労働者の支援とやらの姿も少し見え隠れする。
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まず、1911年(明治44年)に、内務省が釜ヶ崎を視察し、翌年1912年に大阪府警察部保安課長・中村三徳が、大阪自彊館を開館とある。内務省とは、現在でいうと、内閣府をはじめ、総務省や警察庁などが統合された省庁であり、戦中には、軍に匹敵する権力を持つようになる。
さて、内務省が警察の役割を担っていたことと、大阪自彊館を開館したのが大阪府警察部保安課長であったことは、無関係ではないだろう。どこでつながるか。治安問題である。治安対策のために、内務省が釜ヶ崎を査察し、保安課長が館長となるのはごく自然なことである。
つまり、この大阪自彊館なる社会福祉法人は、労働者のための団体ではない。単なる一社会福祉法人ではなく、国が、治安維持のための設立した一種の自由労働者の管理、監視の組織ではないか。また、この年表を見ても、たびたび皇族が訪れていることも注目すべき点である。だいたい、記紀神話を読むと書いてあるが、地上に2人の神が降りたって、女の神の方が男の神に向かって「あなたのでっぱったものを私のへっこんだところにあわせましょう」と言って最初に生まれた子どもに手足がなく、海に捨てたのだから、天皇制の歴史というのは、障害者抹殺の歴史に他ならない。ちなみに、この手足のないこの子は、蛭子(えびす:ヒルのように手足がない子)=恵比寿信仰につながっていく。蛭子が生まれたのは、女の方からセックスを求めたのが間違いで、今度は男の方から求めると、「健常」な子が生まれ、現在の天皇家につながっていくのだ(?)。
おっと、話がそれてしまったが、こうしたエセ社会福祉法人などいらない。この女性には、ぜひ、勝訴してもらいたいものだ。
一方的な雇用契約打ち切りは不当 性同一性障害の男性提訴(asahi.com)
2006年10月11日
勤め先が雇用契約を一方的に打ち切ったのは不当だとして、約3年前に「性同一性障害」と診断された大阪府内の元契約職員男性(50)が雇用先の社会福祉法人(大阪市西成区)を相手取り、雇用継続の確認と慰謝料など計約320万円の支払いを求める訴訟を11日、大阪地裁に起こした。男性は「障害を理由に職場で排除されたと感じた。同じ障害を持つ人のためにも泣き寝入りはよくないと思った」と話している。
訴状によると、元契約社員は03年末、専門の医療機関で性同一性障害と診断され、治療を受けながら女性として生活している。04年9月、大阪市から「野宿生活者巡回相談事業」を委託されていた団体に採用され、05年4月以降は事業を引き継いだ社会福祉法人と半年更新のアルバイト雇用契約を結んだが、今年3月に更新を拒否されたとしている。
元契約社員側は、職場の上司から化粧や女子トイレの使用を禁止されたと指摘。同法人は契約打ち切りの際に障害について触れなかったが、元契約社員側は「同僚からは『男か女かはっきりしない人とは一緒に仕事をしたくない』と言われた」とし、同法人が障害を理由に雇用契約を不当に打ち切ったとしている。
同法人の話 訴状が届いていないのでコメントできない。



コメント
1903年(明治36年)に第5回内国勧業博覧会が大阪で開かれています。このとき会場になったのが今の天王寺公園だそうです。
そのときに浪速区日本橋(現在では電気の街として有名、東京で言えば秋葉原)にあった人足の寄せ場が博覧会への天皇の行幸の邪魔になるからと移動させられた先が現在の釜ヶ崎(愛隣地区)です。
このときに『人類館事件』という、生身の人間の普段の生活を未開人の生態として博覧会の展示物にした差別的な事件が起こっています。
人類館と自彊館、なんとなく似ているような気がします。
自彊館側の人間は性同一性障害者が普通の人間と同じように『心』を持っているとは思っていないのでしょうか。
性同一性障害者であっても立売堀のコンビニで弁当を買ったり、フェスティバルゲートの中にあるモスバーガーでハンバーガーを食べたりするというようなことは想像できないのでしょうか。
性同一性障害者が当たり前に存在していることを許さないのが現代社会なのだ。
Posted by: K* | 2006年10月24日 22:17