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2006年10月06日

●「愛国心教育」を押し付けることは、まともな政治をやっていない証明である

 「愛国心教育」を押し付けることは、まともな政治をやっていない証明である――佐高信氏の言葉である。ぜひ、安倍首相に、この言葉の意味をかみしめてもらいたい。
 安倍氏の著書『美しい国へ』を読むと、彼自身とてもコンプレックスの塊のようである。だいたい、「自虐史観」という言葉自体、その裏に異常なコンプレックスというか敗北感というか、自信のなさを感じるのだが、安倍氏の敗者意識はどこからきているのだろうか。
 日本各地には、美しい景観を保っているところはたくさんある。自我自賛であるが、僕が住んでいるところも、非常に美しいと思っている。空は澄みきり、風は爽やかで、朝には小鳥がさえずり、夜になると、カエルの鳴き声や虫の音が静寂の中にひびく。ここはけっして田舎ではないが、豊かな自然がある。また、近くのお店の人の人情も温かい。
 安倍氏は、『美しい国へ』の中で、アメリカの工場が雑然としていたことに驚いたとあるが、むしろ逆なのではないかと思う。工場にせよ、スーパーマーケットにせよ、庶民の生活する場所でこれだけ美しく保たれているのは、世界広しといえども、日本ぐらいでないかと思う。安倍氏には、一度お忍びでヨーロッパの町中のスーパーやショッピングセンターにいってみたらと思う。どんなに自然のままか(笑
 安倍氏をはじめ、つくる会教科書を支持する人たちや靖国参拝を支持する人たちのネット上での書き込みをみると、本当にかわいそうな気がしてならないのだ。一体、成育史において、どれほどまでにみじめな思いをしてきたのか。多くの人から愛されて育ったのであれば、少しは人に対する思いやりというものが、もう少しあってもよさそうなものである。
 まあ、それはともかく、佐高氏の「安倍首相はストーカーと変わらない。国民に『愛してくれ』とつきまとっているのです」という言葉は、思わず納得してしまった。

 「『愛国心教育』を押し付けることは、まともな政治をやっていないことの証明です。愛される国にしている自信があれば、法律を定めてまで国民に『この国を愛せ』とは言わないでしょう。安倍首相はストーカーと変わらない。国民に『愛してくれ』とつきまとっているのです」(佐高信氏=前出)
『日刊ゲンダイ』10月5日

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コメント

      愛国心に付いて

多くの論者が、愛国心の高揚の必要性を強調していますが、「愛国心が国を愛する事との抽象的な主張を当然の前提」として、「愛国心との語の成立背景を無視」しているために、「愛国心の存在意義」の説明が全く行われる事無く、「自分の国を愛するのは当然」、との強要が行われて、「国民各自の健康で文化的な生活実現との目的」に反する、「国家運営管理者の思惑実現手段」として、主張されて居るかの観が有ります

なぜ「安全神話・愛国心」については、「語の成立背景の検証」が怠られているのでしょうか? 

その理由は、「国家社会の目的は、国民各自の健康で文化的な生活
実現」との、憲法の前文・25条を初めとする、諸条項の規定を無視の結果と考えます

愛国心の高揚を主張するとは、国家社会運営策として主張することですが、我が国運営の基本方針を規定する、我が日本国憲法は、「国民各自の健康で文化的な生活の実現」が目的としています(前文・25条他)から、掛かる憲法の諸規定との論理的整合性を提示しない主張は、机上の空論・単なる感想、との域を脱しませんから、国家社会への提言としての意義は全く存在しない抽象論と言う事に為ります

国家とは、「国民の歴史的生存基盤が育成の国民気質」の反映・実現手段ですから、「安全神話 ・ 愛国心」の語源解釈には、「我が日本国民の歴史的生存環境の検証」が前提と成るにも拘わらず、殆どの学者・経営評論家等が、その必要性を全く気付いていないためです

当所は、国民の歴史的生存環境が育んだ国民気質の反映である国家目的実現策の一としての国家社会制度の一形態が、「安全神話・愛国心との言葉」で有ると解釈しています

具体的には、「愛国心は必要です」が、その内容は、多くの論者が、論拠を提示せずに主張している「国家への忠誠心・奉仕意欲では無い」と考えます

被奴隷的支配未経験で尚かつ水耕稲作農耕民族との歴史的生存環境が育んだ「相互扶助での共存意識を持つ国民気質」の反映が国家であり、国家とは国民各自の相互扶助獲得目的の組織と考えるなら、「国家とは国民各自の集合体」であり、
「自由権的基本権概念を必要とする欧米諸外国」の「国家とは外敵庇護契約の当事者との観点から必要としている愛国心」とは、全く異なる内容を有します

「我が日本国民の持つべき愛国心」とは、国家社会への奉仕・忠誠心を目的とすると解されては、なりません、との、論拠です

「安全神話・愛国心との言葉」は、法治主義を標榜するならば、何を置いても、憲法で規定の「国民各自の健康で文化的な生活実現」が目的、との観点から、解釈されなければ成らないのです

愛国心とは自分の生存基盤としての仲間(社会)を尊重する事、と解釈すべきと考えます

公立学校での、「日の丸への敬意・君が代斉唱等への強制」も、掛かる観点からの「国民各自の健康で文化的な生活実現」との社会制度の一形態としての学校教育、との観点からの、是非の検証が、必要です

然る時は、「 国家への奉仕・ 忠誠義務が愛国心 」 との、現在の多くの主張は、「国民の人間性抑圧での従順性確保との、特定政治思想:独裁政治が目的の主張」との誤解から、「愛国心は有害・無益との誤解」を生じさせてしまいます

愛国心は、「国民各自の健康で文化的な生活実現」との憲法規定を実現するための、「他人との共存意識・他人を愛する・尊重する心構えを指す」と解されなければ、人権抑圧目的の独裁体制へ奉仕するためのための主張、との誤解が生じ、「国民各自の愛国心高揚が不可能となって、我が国発展が阻害されてしまいます

今日の我が国産業界での①「我が国のみが世界で唯一、究極の効率的生産方式の安全神話を構築した論拠の不提示 ②「安全神話の崩壊現象の増加傾向」も、掛かる意味の愛国心構築背景解明の必要性意識の欠落が、真の原因と、初めて理解する事が出来ます

安易な愛国心の批判は、「独裁体制を目論む人々」への応援となってしましますから、自重が必要です

 主宰 角田 徹 VZN01757@nifty.ne.jp

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