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2004年11月25日

●日本人は、死んだら、仏様に?

 日本の政治家というのは、なぜ、こうもレベルが低いのか?
 日本の第1党・自民党の番頭ともいえる 武部幹事長が 「創価学会員も正月は神社に参拝する」「亡くなったら仏様になるのが日本の文化」などと言ったという。


■ 武部幹事長また失言「創価学会員も正月は神社に参拝する」
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                 『日刊ゲンダイ』(11月23日)

武部幹事長がまた失言をやらかした。20日午後、北海道釧路市での講演で、靖国参拝に対する中国の対応に関してこう発言したのだ。 「靖国参拝するなら(中国首脳が)会わないというのはおかしい。内政干渉だ。日本では共産党員も創価学会員も、正月になれば神社に参拝する。どんな悪いことをした犯罪人も、亡くなったら仏様になるのが日本の文化だ」

これは明らかに事実誤認。創価学会では日蓮正宗以外は“邪教”であり、神社や他宗のお寺への参拝を認めていない。 「学会員は正月三が日には全国の創価文化会館の新年勤行会に行くのが通例。神社への初詣ではしません。かつては学会員の子弟は修学旅行でも神社仏閣の観光には行かなかったものです」(関係者)

しかも、公明党・創価学会は小泉首相の靖国公式参拝を批判し、国立墓地の創設を 主張してきた。日中関係を築いてきた自負もあるから、武部発言が神経を逆なでしたことは間違いない。
武部は小泉への忠誠心として中国批判をしたかったらしいが、また一つ失言録を増やした。


 まず、第1に、政教分離の意味が分かってないのではないか?
 そもそも、政教分離とは、戦前日本の誤ちを総括し、政治と宗教は分離し、文民政治をおこなおうという約束ごとであり、二度と戦争はしないという誓いであった。
 しかし、靖国神社は、お国のために戦死した兵士を「軍神」として崇め奉るところであり、どんな言いワケをしても、宗教とは関係ないとはいえない。
 靖国神社には、病死や自決した帝国兵士は奉られていない点を見ても、極めて思想的なものである。かの有名な乃木大将(乃木希典)や東郷平八郎元帥などは、それゆえまつられていない。彼らは、日本帝国軍人として、一部の人たちからは、非常に尊敬されているが、「軍神」としては、ふさわしくないということなのだ。
 また、キリスト教徒の遺族の中には、思想・信条に反するので、靖国神社に奉って欲しくないという方もおられる。
 国の最高の行政府の長である首相が、靖国神社に参拝するということは、一般的な「死者への慰霊」などとは異なる。それなら慰霊碑への参拝の方が、多くの死者への慰霊ができる。しかし、靖国神社にこだわるのは、病死者や自決者を除いた「軍神」を崇め奉るということに意義がある。

 第2に、信教の自由、思想・信条の自由の意味を分かっているのだろうか?
 「亡くなったら仏様になるのが日本の文化」など、よく平気でいえるなあとあきれてしまう。
 ウチは、浄土真宗なので、死んだら、仏にはならず、仏様のいる極楽浄土のもとに行く。キリスト者であれば、天国だろうか? イスラム教徒は、どうだろうか分らないが、仏様になることはありえないだろう。
 また、天皇家では、儒教なので、魂は、仏様にならない。肉体を離れた魂は、ふたたびつぎの肉体へと引き継がれる。天皇が死ぬと、その引きつぎのための儀式が行われる。
 よく、ピアスなどすると、「親からもらった体に傷つけて」といわれることがあるが、これは、儒教思想である。魂は、代々引き継がれているために、その肉体を傷つけるということは、ご先祖様にもうしわけないということである。
 いずれにせよ、武部・自民党幹事長が、死んで仏様になるのは、勝手だが、他人の死後まで勝手に決めつけないでほしいものだ(^_^;

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コメント

創価学会の方は、お正月のしめ縄、門松、鏡餅などの飾り物はどのようにお考えなのでしょうか。

 なるほど、面白い話しですね。
 どうなんでしょうか? 機会があれば、聞いてみたいと思います。
 ただ、『立正安国論』を考えると、まずは天皇を折伏すべきではないのかと、熱心な創価学会員に訪ねたことがあります。そうすると、時間がほしいといわれ、何日か待った後、聞いた返事が、「いつかかならず天皇を折伏する」ということでした。
 さて、本当にそうするのか。僕はぜったいにあり得ないと思っています。
 というのも、創価学会を始め、いま日本で日蓮宗を名乗っている多くの宗派が、織豊政権時代の宗教弾圧で、時の権力者に妥協し、日蓮の精神を売ってしまった受布施派なのです。
 あくまで、日蓮上人の教えを守ろうとした不受不施派は、日蓮宗内部からも攻撃を受け、権力者からも攻撃を受けました。
 江戸時代の「国勢調査」ならぬ「村調査」である人別帳には、不受不施派は、邪宗門書き込まれ、不受不施派への弾圧の激しさが残っています。ちなみに不受不施派は、江戸時代、隠れ日蓮宗徒として耐え抜き、明治維新では、はれて日の目を見たそうです。
 と、こういうように日蓮宗の歴史、正確に言うと、権力から認められた受不施派の日蓮宗は、鏡餅やしめ縄くらいは、認めるんじゃないでしょうか(^_^;

日本国憲法第九条改正案の内容を教えてください。

受布施・不受布施ではなく、受不施・不受不施でないでしょうか。

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