●梁石日氏の映画『血と骨』を見た
11月7日、梁石日氏の映画『血と骨』を見た。
梁氏の作品は、以前から本で読んでいた。初めて読んだのは、彼の自伝であり、『血と骨』の原点でもある『修羅に生きる』であった。この本には、個人的に知っている人の名前が何人か出ており、特に、強い印象を受けており、よく覚えている。
さて、映画『血と骨』を見る前は、正直言ってあまり期待していなかった。というのは、映画では、作品が描かれている、当時の空気など、行間からにじみ出てくるものなど、表現できないんじゃないかと思っていた。
それは、僕の中で、崔洋一監督のイメージや、主役のビートたけしに対する、あまりイイとはいえないイメージも裏打されていたと思う。
しかし、それらのネガなイメージは、映画のはじめから吹っ飛んだ。
セットや社会背景などが、非常に緻密に映画化されていたからだ。
もちろん、僕はまだ生まれていなかったので、同時代を生きた人からすると、あんなんじゃないというオシカリを受けるかもしれない。イヤ、逆に、もっとドロドロしていたという人もいるかもしれない。
僕は、60年代後半に、大阪に生まれたが、少なくとも70年代の大阪はひどかった。川や海は、工場廃液で汚染されて、化学薬品の何ともいえないヒドイ匂いがしていた。
主人公が、済州島から船で半島から渡って来て、「あれが大阪だ」というシーンで、大阪湾岸の工業地帯の映像が映った瞬間、子どもの頃にイヤな思いをした、あのヒドイ匂いが思いおこされた。
映画が、終始リアルに、僕を刺激した。主役のビートたけしの怪演もさることながら、スクリーンに映し出されるすべての人たちの、その一人ひとりの生なましい生活が、ズッシリと迫ってきた。
人が生きるという迫力、それも生まれたところではない国で生きていくために、しぶとく立ち続けていく姿には、正直、打ちのめされた。
映画を見終わった人は、ほとんど、この映画の迫力、イヤ、在日コリアンとして力強く生き続けているスクリーンの中の人びとに圧倒されたに違いない。
エレベーターに同乗した人たちは、誰として映画のことは、口にせず、空々しい会話をしていた。
僕と連れ合いも、映画の話しは、しなかった。そして、黙っているのは、オカシイので、映画には触れず、何だかギコチない会話をしていた。
映画館を後にして、すでに5時間あまりが経過しているが、余韻が残り、まだまだ眠れそうにない。
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