●著作権概念への挑戦
驚くことに、ファイル共有(交換)ソフトウェア「Winny」の開発者47氏が逮捕されてしまった。
著作権法違反(ほう助)の疑いというのが、理由である。
実際に、Winnyを使って、様々なファイルを共有(交換)した人は多くいて、その中には、少なからず「著作権法違反」を犯していた人はいるだろう。
47氏は、Winny開発の意義を、次のように語っていたという。
そろそろ匿名性を実現できるファイル共有ソフトが出てきて、現在の著作権に関する概念を変えざるを得なくなるはず。試しに自分でその流れを後押ししてみよう
この感覚というのは、非常に鋭いように思う。
高性能のパソコンの普及からはじまり、CDの作成、ネットを通した大容量の情報交換能力。
どれをとってみても、「著作」あるいは「所有」という概念が、これまでとは、画然と変化しているように思われる。そういう意味では、47氏の挑戦しようとしたことは、とても面白い試みだと思うし、だからこそ、とても話題を生んだ。
しかし、47氏にかけていたのは、「著作」あるいは「所有」という概念が、けっして技術面において、規定されるものではなく、それらを独占しようとする「資本」において規定される、具体的にいえば、国家によって規定されるということではないか。
つまり、例えば、個人がひとつの土地をもっていたとしよう。で、国が、その場所に道路を造りたいと考える。すると、「公共の福祉」をもって、土地を収用しようとするのである。個人の土地の「所有」権は、守られない。
しかし、逆は、許されない。
「著作」あるいは「所有」の権利というのは、優秀な技術者の手によって、技術的に変えられるものではない。
さらにいうと、今、個人が、海外の輸入盤を手に入れる権利を「侵害」する法律を作ろうと、国会で審議されている。これもまた、個人が、自由に音楽CDを手に入れられると困るってんで、「所有」の権利が、権力によって、侵害されようとしているのである。
47氏は、優秀なプログラマーであり、挑戦者であったと思うのだが、残念ながら、権力の逆鱗にふれてしまった。
さて、このWinnyを開発したというだけで、本当に裁判が成り立つのかというのは、大きな疑問である。
Winnyの愛用者、利用者の皆さん。この「事件」の行く末に、大きな注目を寄せよう。裁判を傍聴し、検察の見解が、いかにご都合主義なものか、反論を試みようじゃないですか。
◆ウィニー=ファイル交換ソフトの一つで、2002年5月に公開された。インターネットに接続した状態で、入手したいファイル名の一部を入力すると、他のウィニー利用者のパソコン内を自動的に探してダウンロードする。誰がファイルを流したかが分かりにくい仕組みになっていることから、違法ファイルの交換などに人気がある。
著作権法では、市販のゲームソフトや映画などの著作物を個人で楽しむ目的でコピーすることは認められているが、コピーを送信できる状態に置くことを禁じており、こうしたコピーソフトなどもウィニーで交換されている。
今年3月以降、ウィニー利用者のパソコンのデータを勝手に流すウイルスが広まり、京都府警や北海道警の捜査報告書、高知市消防局の火災報告書、防衛庁の隊員名簿などの公的文書が次々と流出した。『読売新聞』



コメント
今回の一件は、私にとって、なかなか難しいのです。
私はコンテンツを作る商売をしています。
従って、Winnyはまさに生活を脅かす敵そのもの。
タダでさえ出版社に押さえつけられて弱い著作者の立場が、Winnyでさらに弱められつつ現状に、堪らないものを感じております。
正直な事を言いますと、自分のコンテンツが交換されている尻尾をつかんだら、侵害者を刑事告訴するのはもちろん、開発者も民事告訴するつもりでいましたし、そのための準備も進めていました。
しかし、いくらなんでも今回の逮捕は無茶苦茶です。
刑事と民事をごっちゃにしているとしか思えません。
私が恐れるのは、今回の逮捕が逆効果になって結局開発者が無罪放免され、結果、「著作権侵害を補助するソフトウェアを作っても構わない」という判例が生まれてしまうことです。
無理な逮捕は、そうした結果を生む恐れがあるので、決して私たち被害者に利益があるとは限らないのです。
結局著作権というのは、所有権と同じく、人間が作り上げた人工の権利なんですよね。
自然状態であれば強い者(今回の場合はWinny利用者)が奪って行ってしまっていいものを、私たち弱者(この場合には著作者)を守るために考え出された権利であるわけです。
だから、そうした権利は国や国際機関に守ってもらわなければならない。
それは当たり前の事です。
しかし、今回の逮捕が結果として著作権制度に対する反発を招き、そうした前提を脅かすことを、強く恐れます。
いずれにせよ、ただでさえゲーム中古販売やブックオフ、まんだらけなどの違法スレスレの商売で脅かされているというのに、これ以上は勘弁してくれ、というのが本音です。
一日も早く、著作者自身が自分の著作物の権利を(せめて、西欧諸国並みに)手に入れる日が来て欲しいものです。
このままだと、日本からものを作る人間がいなくなりますよ?
Posted by: さむばでぃ | 2004年05月11日 07:28
さむばでぃさん、どうもです
とても微妙で難しい問題だと思っています。
最初に断っておきますが、僕は、著作権や所有権は、当然の権利として、守られるべきだと考えています。
シェアウエアのソフトなんかも、よく利用しています。作家さんの中では、とくに制限や期限などをもうけずに、公開されておられる方がいますが、僕は、自分が利用する際には、感謝も込めて、お金を払っています。(当たり前ですが(^◇^;))
ただ、現実としていえるのは、
(1)ソフトウェアを始め、写真、音楽、書籍など、多くのものが、容易に複製でき、配布や交換できる状態にあること。
(2)そういう状態を作ったのは、科学技術の発展であること。
ということです。
コンピュータの発達によって、制作が可能になった音楽が、そのコンピュータの発達によって、複製・配布が可能になったという、とても険しい矛盾が横たわっています。
さて、ネットでの「自由な」論議の問題とも重なってくるのですが、複製問題でいえば、他人が一生懸命苦労して作ったものを、簡単にコピーして利用するなど、モラルのカケラすらないという世論の形成が重要だと思っています。
さらにいうと、Winnyの利用方法や、DVDのコピー方法などを解説している書籍が、書店のPCコーナーにあふれていますが、そういう著作権を侵害するような本を出す出版社は、恥を知れという感じがしています。自らの書籍の著作権は守りたいが、他の人(法人)の著作権は侵害されてもイイという立場なのですから、とても許し難いと思っています。
つぎに、個人や法人の著作権や所有権を守る法律の制定といった場合、自民党の大口の献金先となる大企業の利益だけをご都合主義的な守るような著作権保護や国の利益を優先するような著作権保護法の制定は、やはり困るということでです。
しかし、今の日本の政治のあり方を見てると、ご都合主義的な法律ができるような気がしてなりません。個人や中小法人の著作や所有する権利が守られるような、圧倒的多数の利益が守られるような法律の制定は、難しいように思えてならないのです。
本来ならば、政府や与党は、まず個人や中小法人の著作の利益を守る、そして、そうした人びとが、実は、国を支えているのだということを自覚するべきだと考えています。
先のエントリーは、かなり舌足らずで、さむばでぃさんには、不快な思いをさせてしまったかも知れません。申し訳ありませんでした。
Posted by: GK68 | 2004年05月11日 12:20
いえ?
ぜんぜん不快ではありませんよ?
自分と異なる意見の人がいるのは当たり前ですし、それに不快感を感じるのは、傲慢というものです。
会話や議論はこういった込み入った問題解決のためには絶対に必要なことです。
結局、日本がこのまま先進国の仲間入りをし損ねたまま発展途上国に落ちぶれそうな雰囲気なのは、学生運動の騒動に反省しすぎて、議論を省くことをよしとする風潮が広がってしまったためではないかと、私は思っているのです。
議論を省いて長いものに巻かれる世の中でありすぎたために、社会が柔軟性や冗長性を無くし、昨今のIT革命による世の中の変化からこの国が取り残されてしまったのではないでしょうか?
確かに議論のために議論をする学生運動や一部市民活動家のノリはどうかと思いますが、そうした人間が跋扈する弊害を含んでもなお、この国の発展のために、議論は必要なことだと、考えているのです。
さて。
実は私は、Webでの匿名ファイル交換については、今は地獄ですが、そのうちに技術的に解決されるだろうと楽観しております。
ただ、それまでの期間を取り締まる法は、絶対的に必要です。
それも出来れば、国内法ではなく、条約をそのまま国内法にすることを迫る国際法で各国に準拠させるものが緊急に必要です。
Posted by: さむばでぃ | 2004年05月12日 01:04